代弁者

人が私に求めるものと、自分のこうでありたいというビジョンには多かれ少なかれ差異があり、あらゆる場面において、どちらのニーズを優先しようとするかの決断すらも、その人間性に関わるものであることに奥深さを見い出せずにはいられない。その逆もしかりである。

三人の上司との残業時間、全員が集中して作業に取り組めば二時間前後で終わる内容。私は早く帰ってゲームがしたかった。ホームシックである。

おもむろにスポーツ新聞をひろげ、20分後に発走する地方競馬のレースの予想を始める上司A。この人、隙あらばネット投票を駆使して、ずっとギャンブルやってる。どこにそんな金がある?

「この三頭で決まりだろ。他に勝ち負けできる馬は、こん中にいねぇだろ」
そこにのっかる上司B。帰宅の時間はどんどん遠のいてゆく。作業の手を止めないでくれ。

「この人気薄の一番の逃げ馬、におうな。距離短縮はチャンスなんじゃないか?」
Cや、お前もか!メガネの奥の目を光らせ、独自の謎理論に基づいた謎分析の後、ネット投票でアホみたいな金額をサラッと一番の単勝にぶっこむ上司C。こいつ正気か?

パソコンのスピーカーから鳴り響くファンファーレ、モニターが映し出すゲートに並ぶ競走馬に釘付けの三人と遠目で一人。ゲートが開かれた瞬間、最短距離で抜け出す一番の馬。
「そのまま!そのまま!」
自分のことのように応援する上司B。
「騎手がもうちょい上手けりゃ、俺も狙ったかなぁ~?」と上司A。
ポーカーフェイスで見守る上司C。

最終コーナーを曲がりゴールまでの直線に入っても、一番の独走は止まらない。
「やったぁ!やったぁ!おめでとう!おめでとう!」と上司B。
「これ勝ったんじゃない?」と上司A。
Cの顔に笑みが浮かんだ瞬間 「もうムリ」と言わんばかりに尽きた体力とともに着外へと沈む一番の馬。

「残念だったね」そう告げて次のレースの予想に取り掛かる上司A。ポーカーフェイスとは裏腹に、ただならぬ悲壮感を漂わせているように見える上司C。まるで自分のことのように悔しがる上司B。

「なにやってんだよ、もぉ~!あとちょっとなんだから、がんばれよっ!」


お前らだよ

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