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スプラトゥーンの大会に出た話

 「くずみーさん今最高XPいくつですか?」
 サーバー主から唐突なリプライが届く。
 「最高1800くらいだけどまったく更新できてないし何なら今1300とかだよ?」


最高XPが表示されているが実態はXP1200~1500程度。計測許すまじ。

 「通話来てください」

 スプラトゥーンの強さの指標である「XP」の合計が9000以内となるようにチームを組んで出場する大会の話は小耳に挟んでいた。俺はスプラトゥーンの大会と呼ばれるものは過去1度だけ参加したことがある。INKWAVEという、約1か月間対戦を重ねてレーティングを上下させ、その高さを競う大会だ。ここで初めてチーム戦というものを体験したが、俺の実力はチーム戦の話をする以前のもので、そもそも「スプラトゥーンの戦い方とは」という基礎の基礎から学ばねばならない状態であった。大会というもの、チーム戦というものを体験してみるという意味では良い体験であったが、自分にはチーム戦はまだ早いのだと認識し、もう少しこのゲームを理解するまではチーム戦はやるまいと思っていた。そんな俺の体たらくをサーバー主もよく知っているはずなので、大会に誘われるなどはないだろうと思っていた。

 だが。

 「くずみーさんしかいません」
 いやいやいやいや、そんなわけないだろう。もっと強い人はいくらでもいるだろう。しかも1800のコストを払って1300の実力の選手を入れるなんてもったいないことをしていいのか。

 聞くに、もっと強い人はいくらでもいるが、もっと弱い人が全然いないそうなのだ。使用できるコストが2000を下回っているが、サーバーにいるほとんどが2000越えのプレイヤーばかりなのだという。XP1000台が珍しい状態。初心者向けのサーバーだと思っていたのだが…。誘われたら「他の人の方がいいでしょ」というつもりしかなかったのだが、他の人がいないとなれば反論材料がない。

 「コスト余ってない!?」
 「他にちょうどいい人がいません」
 「(試しプレイ後)こんなレベルだぞ!?わかってる!?選んだこと後悔してない!?」
 「大丈夫です、そんなもんだと思ってます(失礼)」
 このサーバー主は言いたい放題だな。でもこう言われた方が俺が楽だってのも多分わかってやってんだろうな。変に気を遣われて期待されるよりずっとやりやすい。

 大会まであと2週間。スプラトゥーンコミュニティ同士が優勝を競う「クラン大戦」に向けた、長くて短い2週間が始まった。

 大会に向け、全体統括コーチと専属(厳密には専属ではないが)コーチがついた。ヒッセンヒューを使う俺には同じヒッセンヒューやバケットスロッシャーを使用するコーチがついてくれて、基礎の基礎から教えてくれることとなった。

 専属コーチからは非常に多く情報をもらった。これまでどうしたらいいかわからなかったことや、自分で気づきすらしなかったことを、俺のプレイを見て詳細に、優しく、わかりやすく教えてくれた。しかも忙しいはずなのにその合間を縫って。これまでこのヒッセンヒューを使うことについても納得感がなく、何故かほかのブキよりも結果が出るからという理由だけで使用していた。短射程のブキであるが、自分には中~長射程のブキが合うと思っていた。だがこのコーチの教えを以て、やっと納得してヒッセンヒューを持つことができるようになった。このブキはインファイトをするためのブキではなく、味方を強化しつつ自分は味方のカバーや段上段下壁裏など有利なところから相手を刺し、それができないときは飛び道具で嫌がらせをしつつ機を窺う非常に陰湿なプレイが得意なブキなのだ。なんだお前、俺の好きなタイプのブキだったのか。

 試合を見返してみると、チームで一番XPの高いリーダーがドリンクを飲んで強気に前に出る場面が多く見られた。このスペシャルは、打順の中で4番バッターを2~3回起用できるようなものだろう。

 さて、チームで大会に出るとなれば、さすがに頑張らざるを得ない。しかも本番まで2週間しかないとなればなりふり構っていられない。ほかのチームメンバーはXP2000~2600。XPの実態が1300の自分とは大きな差が開いているし、俺はかつてのチーム戦でうまくやれず申し訳なかった実績もある。ポジティブな捉え方をすれば伸びしろが一番大きく、短期間で実力(当社比)を伸ばしやすいのが自分だ。

 これまではたいていは一人で黙々とXマッチをプレイし、気が向けばサーバーで配信し、偶然来てくれた人にたまにアドバイスをもらう感じの練習をしていたが、大会参加が決まってからは練習するときはほぼ必ずアドバイスをくれる人をサーバーで募集し、合わせてサーバーでの配信を行い、毎度アドバイスをもらうようにした(※リアルタイムでアドバイスをもらう際はオープンマッチのみとした)。普段は積極的にアドバイスをもらいに行くということはあまり得意ではないのだが、これがなりふり構っていられないというものだ。募集をすれば、コーチをはじめ強いプレイヤーが集まってくれて色々とアドバイスをくれた。スプラトゥーンというゲームの解像度が上がった。

 チームメンバーが揃ったときはサーバー内で人に集まってもらって練習試合を行った。何故かXPが高い人が多いサーバーなのでコテンパンにされつつも、徐々にできることが増えていった。報告も、カバーも、エナスタの位置も、前に出るタイミングも、これまでできなかったこと、発想もなかったことができるようになっていく。チームメンバーも、コーチ含むサーバーメンバーも、強い言葉を使うことなく、優しく教えてくれたからこの成長があったのだと思う。特に褒めがすごかった。初めて親の似顔絵を描いた子供に対してのように、褒めに褒めてくれた。専属コーチは特に、1点1点具体的にここがよかった、これができていた、という風に褒めてくれた。自信というものがほぼない、ネガティブの権化である自分にとってはこれが非常にありがたいもので、これだけ褒めてもらえてようやく「もしかして自分でもできるのではないか」という気持ちになってきた。

 俺は立ち回りが後ろ寄りになりがちであったため、チームリーダーについて行くことでどれくらい前に出ればいいかの判断を任せつつ、カバーを入れたり入れてもらったりすればよいというアドバイスがかなりターニングポイントになった。ついていく技術はまだ完全に自分のものになっていない、自分の外側で物事が起こっているような感覚であったが、それでも褒めてもらえていたので、きっとできているのだろうということで自信を失わずにいられた。

 あっという間に大会当日。当日は早起きして朝風呂で血流を上げ、整骨院で体をほぐしてもらい、昼寝をして本番である夜に体調のピークが来るようにし、夕飯はタイミングと量を調節して試合の際に空腹でも満腹でもない状態がくるようにし、夜も風呂に入り、脳が動くようにラムネと、ゲン担ぎも兼ねて本番30分前にエナジードリンクを飲んで備えた。ほぼ祈りだ。できることはやったと自分に思わせるための。1時間30分前にはサーバーの人に集まってもらって直前のウォームアップに付き合ってもらった。
 (こんな時に限っておなかの調子が最悪になっていたが、試合直前になんとか排水を終え、支障をきたさなくなっていた。本当に危なかった。)

 スプラトゥーンの大会は当然ネット対戦なので、ポンとプライベートマッチの部屋が作られ、あっさりと始まる。初戦。ここから2本先取で勝敗が決まる試合を4試合行い、決勝進出チームを決める。

(試合の配信等については下記ツイートのリンクから飛べる)
https://x.com/grow_glow_spla/status/1834886003737477523

 カウントが取られて嫌な想像がよぎるが、味方が強い。戦況が徐々にひっくり返る。チーム結成当時からは考えられない量の報告が飛び交う。リーダーからの指示が来る。カウントが徐々に逆転し、カウントリード、そしてノックアウト。勝てる、ほんとに勝てるんだ。

 初戦第2試合。相手が指定したルールで試合が行われる。またカウントが取られる。1度勝利の味を知ってしまった以上、負けたくない。役に立ちたい。脳が火花を散らしてオーバーヒート気味に回転するのがわかる。リーダーについていく。カバーを入れる。取りやすい位置に、安全な位置にドリンクを置く。大丈夫、できてる。なぜだかわからないがスペシャルゲージがどんどんたまる。味方にどんどんドリンクを供給できる。また取られていたカウントがひっくり返る。そしてノックアウト。初戦勝利。これはもしかしてもしかするのか。最初は緊張が感じられたメンバーにも安堵の色が見える。メンバーの中で俺が勝るのは人生を過ごした時間しかないので、ふざけたことを喋り続けたい。緊張をこのまま和らげたい。そしてこのまま、このまま…。

 そう簡単にいかないのが勝負の世界の厳しいところである。2回戦1試合目、練習を重ねたルールステージで敗北を喫する。いわゆる特殊編成と呼ばれるものらしく、パラシェルターとダイナモローラーに前線を壊されていった。これに明確な回答を導くことができず、2回戦第2試合もノックアウトされることとなった。後から気づいたのだが、この時の相手チームは決勝進出しつつもコスト9000とは思えないレベルの試合を繰り広げたところであった。チーム平均XPはどのチームも2250のはずなのに、この明確な壁は何なのだろうか…。

 ただ、この大会はトーナメント方式ではなくスイスドローという方式をとっているので4試合は確定で行う。敗北即敗退でないところがありがたい。まだ優勝への道が絶たれたわけではないという事実が気持ちを繋ぎとめていた。

 第3回戦、緊張もほぐれてくる。リーダーからの指示もより軽快に飛んできて、状況判断がまだあまり十分ではない自分にとっては非常にありがたいものであった。1試合を制し、2試合目、相手の得意なルールステージはより厳しい戦いになるが、またしても味方が強い。これまでXマッチでは慌ててカウントを取りに行ってデスするなどは日常茶飯事であったが、不思議と、焦らずじっくりやればいいんだろうなという気持ちになっていた。それは自分だけではなかったのか、カウントリードされても誰も焦る様子もなく、ただ堅実に歩を進めていく。そしてカウントが、逆転する。予選全4試合のうちこれで2勝をもぎ取った。

 ここまでくるとチームの雰囲気もかなりやわらぎ、楽しく談笑するまでに至った。理想の形だ。君たちが笑ってくれるなら僕は悪にでもなる。

 第4回戦。過半数の勝利は得ているが、決勝進出のことを考えると3勝しておきたい。第1試合、序盤から大幅カウントを得る。一度相手に返されるが余裕が生まれ、自陣に攻め込まれてもしっかりと手前処理をして盤面を戻すことができた。まず1勝。これはあるか。続いて相手のカウンタールルステ。しかしこれは相手の練度が勝り競り負ける。この後は自分たちが練習してきたルルステでの試合。ワンチャンある。序盤カウントリードを許すももう慣れたもの、ここからひっくり返せるはず。…が。

 クラン大戦、結果は予選敗退、16チーム中7位という結果となった。成績は2勝2敗。最後の勝負は非常に惜しいものではあったが、勝利には至らなかった。ここで勝てていればあるいは、という戦績だった。

 最後の試合は5キル10デス、明らかに働きが足りていない数字だ。非常に申し訳ない思いでいっぱいになる。

 何かを頑張ることというのは、常にこの思いと表裏一体なのだろう。優勝しない限り、俺は何かしらの悔しい思いをしているのだろう。あれだけ色々と教えてもらったのに。いろんな人に練習に付き合ってもらって、元気づけてもらったのに。それを1つの成果としてみんなに返してあげられなかった。

 頑張らなければ、そもそもこんなことをしなければ、こんな思いとは無縁なのだ。人生を過ごすにつれ、何かを頑張ることができなくなっていくのは、こういう気持ちをどこかで先に想像してしまうからなのかもしれない。

 ではこの大会に参加したことは間違いであったのか。答えはNoである。みんなとともに、何かができるようになっていく過程はとても嬉しく楽しいものであり、そこには1つのゲームが上手くなる以上の価値があったように思える。

 「写真でも撮ろうか」
 誰かが言い出す。
 「あ、サーバー戻って結果報告した方がいいかな?」
 「今戻ったらめちゃくちゃうるさいと思うよ」
 とコーチが笑う。
 みんなで長い時を過ごしたゴンズイ地区で写真撮影をする。あぁ、良い報告をみんなに持って帰りたかった。

 「おかえりぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!」
 「おつかれさまあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
 本当にうるさいのかよ、と思わず吹き出してしまう。ただ今はこの騒がしさがありがたかった。専属コーチに「ごめんね、もっといいところを見せたかった」と謝ると「十分見せてもらいましたよ、1個ずつ全部褒めたい」と返してくれた。みんながねぎらってくれた。本当にありがたかった。

 ひとしきり騒ぎ、夜も更け、ぽつぽつと皆が現実世界に戻っていく。比較的静かになったサーバーで、「もっとやれたなぁ」「ああしていれば…」とリーダーが漏らす。
 やはり優勝しない限りは、こういう思いが出てくるのは必然なのだと思う。その自己評価はどうしてもあるとは思うけれど、でもその一方で、それ以上に、それ以っっっっ上に、リーダーに助けられたところは大いにある。もちろんリーダーだけではなく、チームメンバー全員に当てはまることだ。狂犬と鷹の目にもどれだけ救われたことか。

 関わったすべての人に、なんて綺麗なことを言うのは柄ではないが、俺を受け入れてくれて一緒に楽しんでくれたチームメンバー、実力を引き上げてくれたコーチ陣、練習に付き合ってくれたり、応援してくれたりしたサーバーのみんなに感謝の意を表したい。本当にありがとうございました。とてもいい経験ができました。



 試合から2日。サーバーの人たちが自分たちの試合を見ていた時の様子を配信していた時のアーカイブを見てみた。
 そこには本当に盛り上がってくれている様子が写っていた。自分たちの試合を見て喜んで、楽しんで、何かを受け取ってくれている。

 救われた気がした。

これも人助けと思って。