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【短編小説】 勝者

フリーライター

 個人的見解を述べると、過去の先人達によって勝ち取られた報道の自由など、既に存在しなくなって久しいと感じている。

 逆説的ではあるが、世間では情報が溢れすぎているのでその価値観は下落の一行を辿り、本当に大切な情報さえ粗大ゴミのような幾千のくだらない情報に埋まってしまい、誰も見向きをしないのが現状なのである。

 俺がジャーナリストを目指したきっかけは、「真実の追求」というあまりにもステレオタイプの理想を追い求めた故である為に、現在の俺の体たらくぶりを目の当たりにしたら、失笑を買うのは必至であろう。

 月によってはコンビニの弁当程度しか食費を捻出出来ないほどの収入であるのだが、これから向かう高級料亭では久々に豪華な料理にありつけそうな気がして足取りが軽い。

 さすが大手の芸能プロダクションは、こういったケースに対しての対応は万全だ。

 今回自力で手に入れたスクープは、大手芸能プロダクションが売り出し中の若手女優に関してのものだった。

 彼女はまだメディアに対しての露出は少ないものの、10年に一人の逸材と言われるほどの美貌と雰囲気を兼ね備えているので、芸能プロも彼女に対して数千万を掛けたプロジェクトにてデビューさせようと躍起になっているのだ。

 そんな矢先に偶然彼女の過去を知る事になり、それが世間一般の人々が興味を持つ下世話な話題としては最適な内容だったので、記事としてまとめたのだ。

 彼女の母親が或る新興宗教の元信者であり、彼女同様美貌を持っていたのもあって、かつては広告塔のようにその宗教が配布していた冊子の表紙を飾っていたことがあったのだ。

 別にそれくらいの事であれば大した記事にもならないのであったが、重要であるのはその新興宗教団体が反対勢力や団体内での殺人を犯した点にあった。

 すでに過去の事件になってはいるので人々の記憶からも風化しかかってはいるのであるが、たまたま過去の冊子を見る機会があった時、なんとその母親が子供の頃の新人女優を抱いて写っている写真があり、それはゴシップ記事にするには最適なネタであった。

 しかしフリーのジャーナリストのネタはしばし安く叩かれたりするもので、本人的には大スクープのつもりでも、編集部的には3面記事程度の扱いしかしない場合も少なくなく、苦労した結果2束3文程度の収入しか得られない事もしばしばあった。

 そこで考え付いたのが記事を雑誌に売るのではなく、記事を書かれている本人に買い取ってもらう事だった。

 こちらは思ったより効果覿面で、見込み額よりも10倍の値段で売れることもあった。

 今回も芸能プロに連絡を入れたところ、早速値段の交渉という話に相成った。

 フリージャーナリストとしての心は痛むが、そういった悩みは私腹を充分に肥やした奴が行う贅沢な行為なので、とりあえずはその段階まで進むようにがむしゃらにやるだけだ。


警察官

 2時間近くも車の中で待機していたせいもあり、特命を帯びて体中が緊迫感に包まれていたのも束の間の事で、目の前の通りを歩く好みのタイプの女性にすっかり心を奪われそうになる余裕があるくらいに俺の気分はリラックスしていた。

 しかし丁度3人組の女性が目の前を通る時にランク付けをしようとしようとした瞬間、不意に携帯電話がけたたましい音を立てて鳴ったので、一瞬車の座席から飛び上がって天井に頭をぶつけそうになったが、気を落ち着けてから着信ボタンを押して携帯を耳に当てた。

 『もうすぐターゲットがそこから出てくるぞ』

 電話の向こうから上司の感情のこもっていない状況説明が聞えてきたので、俺は頭の中でこれから行う行為を反芻しながら車のドアを開けて外に出た。

 少しずれていた警帽をきちんと被り直し、右手には特殊な機械のセンサーを作動させ、足早に電話で指示のあったターゲットに近付いていった。

 高給料亭から出てきた貧相な身なりの男に後ろから近付くと、突然右手に抱えていた機械から耳障りな音が発され、それと同時に貧相な男も振り返って立ち止まった。

 目の前にいる警官の格好をしている俺を見て一瞬焦った表情をしていたようであるが、男はすぐに平静を取り戻して逆に話しかけてきた。

 「何かあったんですか? 突然変な音が聞えてきたらビックリしましたよ」

 俺は相手の視線を外さないようにしながら、右手に収まっている機械が発している音の意味について淡々と伝えることにした。

 「申し訳ないのですが、所持品検査をさせていただいても構いませんか?

 実はこの機械は現在流通している特殊な偽札の成分に反応して、警告音を出すように出来ているんです」

 男は狼狽しているようだったが、抵抗する様子も無く素直に所持品を出し始めたので、バッグの中を探って入っていた封筒を出して機械を近付けると、さきほどよりも大きな反応を示す結果となった。

 「これはどういったお金なんですか?」

 男はどう答えるべきか考えあぐねた後で、取引にて受け取ったお金だと答えた。

 偽札を実際に買物などに利用した場合は犯罪にはなるが、ただ単に持ち歩いていただけでは犯罪とは確定は出来ないので、とりあえずはその偽札を没収して入手ルートと本人の身元だけを押さえる形となった。

 車に乗って呆然と佇む男を尻目にその場を後にしたが、二度とあの貧相な男に連絡する事はないであろう。

 何故なら警官の振りをした詐欺が今回の俺の仕事なのだから。


芸能プロダクション社長

 最近ではマーケティングリサーチなどそんなに当てになる訳ではないので、世間で求められているであろう理想のアイドルを売り出したとしても、そっぽを向かれてしまう事も多々あるので、正攻法で人材を育てる事に対してそんなに真摯に取り組んでいない。

 昔に比べると人々の娯楽に対する欲求が先鋭化されてきたためか、予定調和な売り出し方をしたとしても、それは檻に入ったライオンを眺めるだけのような感覚に似ており、実際にアフリカの地に降り立って自らを危険にさらしてまで見るライオンとは雲泥の差があるのだ。

 それが肌感覚で理解出来るのは、かつて私自身がタレント志望でこの業界に足を踏み入れたからだ。

 ある芸能プロからスカウトされて鳴り物入りでデビューしたものの、世間の目は冷たく結局泣かず飛ばずで歳を取ってしまった事は、或る意味いい勉強になった。

 その為現在所属タレントのプロデュースに於いては他の同業プロより一線を画す事が出来ているし、今回のスキャンダルの対処にしたって冷静に行うことが出来たのだ。

 ヘタなプロダクションはここで駆け引きに出てしまい、結局は更なる泥沼を暴露されてしまう羽目に陥ってしまうのであるが、ここは従順な振りをしておけば何事も上手く収まるのだ。

 あの男だってお金を受け取ることによって、私に優越感を持つことが出来る代わりにジャーナリストとしての自尊心は失うことだろう。

 しかしもうすぐあのジャーナリストから憤怒の電話が掛かってくるはずだ。

 理由は『偽札を掴ませたから』だろうが、私は本当の札束を用意して彼に渡したし、それについては嘘を言っていない。

 だから彼に言ってやるのだ。

 「君を取り調べた警官の所属と名前を聞いたのであれば、本当に彼が警官なのか電話して確かめてみろ」と。

 そして彼は気付くだろう。

 自分が警官に化けた詐欺にしてやられたのを。

 こうして私のシナリオ通りに彼の怒りの矛先は詐欺へと向いて、今後は私に対して負い目を感じてちょっかいを出す事は無いだろう。

 無論警官を演じたのは、私のプロダクションに所属しているかつての私のような無名の俳優で、お金は丸ごと戻ってくるのであるが。


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