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【短編小説】デジャヴ

 心地よい振動に揺られてウトウトしていたところ、急な車線割込みをしてきた車を回避する為に路面バスは急ブレーキを掛け、彩菜はその衝撃で熟睡の一歩手前で我に返った。

 自分の席のすぐ後ろに違和感があったのでさりげなく振り返ると、20代半ばの男がスマホを片手に車内の撮影をしているのが分かり、その様子からバス好きのYOUTUBERか何かだと思い、あまり他の人の存在に気を遣っていない様子に少し嫌悪を感じた。

 彩菜が2週間前に社内の新規事業立上げの部門に配属されてから、予想以上に残業と早朝出勤の連続にさらされて、その為帰宅する際にバスに乗って席に腰を下ろすと、3分も経たずに熟睡してしまう事がここ数日続いていた。

 幸い彩菜の下りる停留所は終点の一歩手前だった為、今までは乗り過ごすことは無かったのであるが、単調な生活と寝不足の為に記憶が混在してしまい、眠気から覚めた時に今日が何月何日なのかパッと思い出せなかったりしていた。

 その為最近よくデジャヴを感じることがあり、今見ているこの風景は以前同じように見たことがあるような気がしていて、疲労の為に脳が誤作動を起こしているのであろうと思うようになっていた。

 小学生の頃に初めてデジャヴを体験した時は、まるで自分に予知能力が身に付いたのだと興奮したものだが、その後テレビのクイズ番組でデジャヴの正体は疲労時の脳の誤作動である可能性が高い事を説明された時は、サンタクロースが本当はいないと知った時よりも落胆したものであった。

 そんな事を思い返しながらバスの中に視線を転じると、中央の入り口付近で座っているお母さんが、自分の子供である幼稚園児が急に歌を歌い出して戸惑う光景が浮かんできて、その5秒後にその通りになった時は、少しだけ違和感が強くなってきていた。

 もういい歳にもなって自分に予知能力があるなんて端から信じてはいなかったが、今起こったことはなんだろうと自問自答をして、単なるデジャヴでは無いような気がしてきたので、疲労であまり回転していない頭をなんとか働かせようとしてみた。

 後ろの席に座ってスマホで撮影している男は、何やらブツブツ言いながら実況しているので、彩菜は上手く考えに集中出来ずにいたが、すぐ前に座っているお爺さんが持っている杖を床に落としてしまう光景が頭に浮かぶと、また5秒後に同じことが目の前で起きたので、これは単なるデジャヴではないと確信をして、何が起こっているのかを必死になって考え始めた。

 もう少し先に何が起こるのかを思い出さなければいけない焦燥感に駆られ、頭の中に浮かんでは消える断片的なイメージをギリギリのところで掴み、それをパズルのように一つ一つピースに嵌めていく事で、やっと見えていなかった物が輪郭を成して形を整えてきたのだ。

 しかし探り当てたその答えに彩菜は驚愕し、そのせいで体の力がすっかり抜けてしまい、バスのシートに深く身を預けて呆然としてしまう事になった。

 このバスは3分後に横から飛び出してくる大型トラックに追突され、車体は横転してその後まもなく炎に包まれてしまうのだ。

 彩菜は疲労が作り出した脳の誤作動かと思っていたこのデジャブは、実は小さい頃に興奮していた未来の予知能力であった事に気付き、それを回避する為にどうしたら良いかを必死に考え始めた。

 そこで気が付いたのは、次の停留所でバスを止める為にブザーを鳴らすことだった。

 この路面バスに乗ってもう2年近く経つが、この時間帯に次に停留所で降りる人は皆無で、今まで一度もブザーを鳴らされたことは無いのだ。

 もしブザーを鳴らさずにこのままバスがこの停留所を通り過ぎてしまえば、トラックとの追突事故は避けられないものになってしまうが、ここで一旦停車すればトラックが追突場所に到達するのにタイムラグが生じる為、事故は起こらないはずだからだ。

 彩菜は反射的にすぐにブザーを押して車内に電子音が流れると、運転手はビクッとした反応の後で怪訝な表情で後ろを一瞬向き、次の停留所に止まると誰も乗降しないバスの中は気まずい時間が流れていった。

 彩菜は自分が大惨事を回避出来たことに安堵して大きく深呼吸をすると、後ろのYOUTUBERは興奮で声を大きくしながら撮影を続けていた。

「噂は本当でした! 過去に死亡事故があったコースを走る〇〇便の路面バスは、必ずこの無人停留所で誰も押していないのにブザーが鳴らされるんです! この現象の正体は、いったい何なのでしょうか?」

 車内には彼以外運転手しかいなかったのもあり、実況の声は誰も気にせずに発する事が出来ていた。


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