自分探しの旅(長野・小谷村編)3
どんだけ続くんだ、この話 うん、わたしもそう思う
でもそれだけ動かされる何かがあったってことだ
誰かに伝えたいって思うほどの何かが
だからここであった出来事を振り返りながら
感じたことや考えたことを文字に起こしてみようと思う
かくかくしかじかで、1か月の間で3回訪れ、3週間ほど滞在し、90分の山道は4往復した
真木集落には「共働学舎」というNPOの人たちが住んでいるとわかった
山奥の真木には、今は3人しか暮らしていないが、
山を下りると、立屋と呼ばれる場所に他のメンバーが20人くらいいるらしい
思ったよりも規模が大きくてびっくりだ
もう少しで50周年で、北海道や東京にも拠点があるらしい
さらにびっくりだ
話を聞くうちに、どんどん興味が湧いてきて、
このタイミング、逃したらいけない
そう思っていたら
3週間も居座り続けてしまった
ここでは
畑や田んぼをしたり、ニワトリや山羊、牛などの動物を育てたり、
茅がダメになってきたら、お家の茅を葺き直したり、
たくさん雪が降る冬は、織物や染め物をしたり、木工雑貨を作ったり、
そして、できたものたちの販売もしたり、
生産から販売までの1つ1つの作業も、分担して自分たちでやっていた
真木 と 立屋 で仕事は違うけど、
共働学舎ではいろーんなことをしていることがわかった
自然と動物と人とが共に生き、暮らしている
そんな共同体なのかも
何時に起きて、何時にご飯を食べて、何時に休憩して
の流れが、ある程度あって
天気の良い日には、
栗を拾ったり、いもやトマトを収穫したり、
畑周辺の電柵はずしをしたり、
トンカチとバールだけで壊れたヤギ小屋を解体したり、
おもったい丸太を運んできて、割って、薪を作ったり、
薪になるまでにも
木をきり倒して
道具をつかって引きずって移動させて
チェーンソーできり分けて
って言葉で表しきれない
労力と時間を費やしていた どえりゃ~かった
そして、天気の悪い日には、家仕事をする
拾ってきた栗やクルミをひたすら下処理して
それを使っておやつを作ったり
笹の葉を集めてきて、秋田方式でちまき作りをしたり
いろんな食材たちに触れて
それぞれの食材の扱い方を教えてもらって
へ~なるほど!すごくワクワクした
調理はおねがいして
食べて、おかわりして(胃が倍くらいになった)
食材と向き合うこと
食に関して自分が大事にしたいことは
これだった とわかった
そして、他にも
カバーのついてない昔の配線を、安全なカバー付きに変えたりもした
身の回りの不具合も自分たちでどうにかしてんだ
すごいな~
本当にはじめてする仕事ばかりだった
仕事に終わりはない
でも
その季節、その時期、その時間にしないといけない仕事がある
自分たちで作り出して、暮らしていくって
こういうことなのか
自分はここにいると
自分の当たり前を疑うことができた
車が通れる道があること
食べ物があること
家があったかいこと
身の回りの道具や機械が 問題なく使えること
知識や技術が 頭に身体にしみついていること
人がいること
だからこそ 暮らせること
人がいないこと
だからこそ 人も自然も のびのびできること
自分の出したものが循環して 自分に戻ってくる
そこではじめて
モノの選び方や使い方を意識したり
サステナビリティとやらに興味を持った
人は 自分にかえってきて はじめて気づくことが多い気がする
愚かなのか でもそんなもんじゃないか
自分たちにとってはこれが当たり前だから とか
大げさだよ とか
言われたけど
誰かの当たり前でも 自分の当たり前とは違うし
違った当たり前に触れることで
見え方が 景色が
すーっと 広がっていった
はじめて行ったとき 90分の山道を登っているとき
もう二度と来ないだろうと思ってた
でも いつの間にか
山道を登る苦労なんて
まったく 気にならないくらい
また来たいって思う場所になってた
伝えるって難しい
完璧に伝わりきることなんてない
だから ぜひ自分の心で身体で感じてみてほしい
(おしまい)
ながーいながーいおはなし
最後まで読んでくれた人がいたなら
本当にありがとう
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