2月18日

午前5時55分
いつものように目が覚め, まるで自意識の中にでもいるかのような暗さと静寂に包まれながら人間としての僕が動き出す.

休養の抜け殻から身体を引きずる事に成功した僕は
そのまま顔を洗い, 表情の上に溜まった眠りの残骸を洗い落とす.

それが終わると, 新鮮な空気を吸い込めるようにと, 寝てる間は物を噛むためではなく, 空気洗浄機用フィルターとして機能していた歯を磨いた.

夢を見る事に疲れた頭を外部冷却するためにも, 頭を洗った.

一通りの用意ができると, 浅い瞑想に耽り自己からの脱却を試みる.

おかしい.

ここまではいつも通りの手順なのに, いつもと違う.
自己が脳裏にべったりと張り付き, 頭から重たい泥をかけられたかのように浮上できない. 

瞑想を断念した私は, 朝食の準備に取り掛かりながら精神状態の善悪を探った.

コーヒーを注ぎ, パンの準備ができたところでも違和感が拭えない.
理想とは程遠い状態なのにも関わらず, 満足感のある事への嫌悪感.

朝食を終えて私は, サルバドール・ダリの画集を眺める.
彼の絵にはシュルレアリスムのエキスがたっぷりと詰まっており, 私自身もあの絵の一部なのではないかと思わされるくらいに不気味で曖昧だ.

そんな事を思っていると, 遅刻した朝陽が頬を赫らめながら昇ってきた.
なにやら良いことでもあったのだろうか. いつもよりも温かい目をしているように感じた.

.

. .

. . .

僕は気づくと眠りに堕ちていた.
まるでカマンベールチーズが溶けるようにソファの背もたれに, の垂れかかっていた.


さて, この時間は天国であったか地獄であったか. それだけが問題だ.

もはや, 人間としての”私”に愛着も執着も失った僕にとって, それはどちらでも良いことだ. そんなニヒリズムを跳ね除けようと必死に努力するも完全な自我からの脱却を経験した僕は嬉しかった.

肉体という物質を身に纏う存在としての”私”にとっては時間を浪費してしまった事に嘆く.

そんな両義的で今にも分裂してしまいたいくらいのアイロニカルな意識を経験したのだ.

外に出ると雪が溶け, 春が来ていた.


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