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理想の最期。

2年前、新卒1年目の夏、おじいちゃんが死んだ。肺がんだった。

京都で20年以上同じ家で住んでいたおじいちゃんだったので、こんなにも身近な人の死がはじめてだったので、しかも私はかなりのおじいちゃんっ子だったので。その事実に対して、頭も、気持ちも、体もついていかず、何がなんだかわからなくなった。

ちょうど東京での一人暮らしにも慣れてきて、新人研修が終わって本配属も決まり、さあこれから仕事をがんばるぞ、という時だった。まだ数回しか話したことのない配属先のリーダーをミーティングルームに呼んで状況を報告したとき、涙が止まらなくなった。

私の実家は自営業で車の民間工場をやっていて、その一角でタバコ屋もやっている。「ビーッ」とブザーを鳴らせる窓がついている、昔ながらのタバコ屋さんだ。

会社とタバコ屋をはじめたのはおじいちゃんで、言わずもがなおじいちゃんはかなりのヘビースモーカーだった。たぶん1日に2箱以上は吸っていたと思う。「あんた、そんなに吸ってたら肺がんになるで!」と言うおばあちゃんに対して、おじいちゃんはよく「肺がんで死ねたらワシは本望や!」と言いかえしていた。

お葬式には、赤いマールボロを棺のなかに入れた。

「謹厳実直、努力と実行」「家族は、大切にしなあかん」「悪い男にひっかかったらあかん」「幸せに、ならなあかん」「あいつは誰や(私が、家の前で男友達と話してたとき)」「ゆかがおらな、わしは淋しい(私が上京することが決まったとき)」

野外ホッケー。宇治のさくらまつり。お餅から作る、塩分が高すぎるおかき。唯一食べられる野菜のトマト。登るのに一苦労した清水寺の茶わん坂。それを登ったあとの夏のかき氷。お正月につくる、味が濃すぎる数の子。白いタンクトップ。腹冷やしたらあかんって言って渡されるダサい腹巻き。家にある自動販売機の業者からもらえるジョージアのジャンパー。家の前でおばあちゃんのことをひたすら首を長くして待つ姿。

2年経った今も、おじいちゃんとの思い出は色褪せることなく脳裏に焼きついていて、「人の心に生き続けながら死ぬ」ということは、こういうことなんだなあと思った。

よく、「人の価値は、どれだけたくさんの人が自分のお葬式で泣いてくれるかだ」という話を聞くけれど、私はそうは思わない。1人でもいいから、誰かの心に深く鮮明に生き続けられていれば、それだけでいい。自分がいなくなったあとにそう思ってもらえる人がいるなら、それはもう私にとっての理想の最期だ。

私はいたって健康な生活を送っているので、きっとおじいちゃんみたいに「タバコが大好きやから肺がんで死ねたら本望や!」とか、「酒を飲みすぎて肝臓を悪くした」とか、思わずエピソードになるような「その人らしい最期」は想像できない。

だからきっと、来るべきときに病気になって、来るべきときに寿命を迎え、ふつうに最期を迎えるのだろう。それは80歳かもしれないし、60歳かもしれないし、もっともっと早いのかもしれない。病気じゃないかもしれない。

理想を言うのであれば、大切な人たちへの「準備期間」はちゃんと用意したいと思うのだけれど、こんな理想を言ったところで、運命は変えられない。だから、「1人でもいいから、誰かの心に深く鮮明に生き続けられる」状態で迎えられる最期が、私にとっての理想の最期ということにしよう。

きっとおじいちゃんは、私たち3姉妹の結婚式を見れていないことだけが心残りだったんじゃないかな。きっと天国でタバコを吸いながら、私たちのことをいつまでも見ていてくれるんだろうな、と思う。


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92年生まれ。京都からのらりくらり東京へ。サイボウズで働きながら、フリーランスの編集者・ライターとしても活動しています。ほぼ日の塾2期生 / 編集ライター養成講座35期生

コメント1件

いいおじいちゃんでしたね。
ボクもいつか、そんな風になれたらと思います。
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