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【閃光小説】ザ・ショー・マスト・ゴー・オン DCD side

2020年、ローマ剣闘文明は滅びた。

職も居場所も失い、私は放浪の旅に出た。

植民時代のカリブ海、核戦争後の荒野、狂った住人が棲まう海底都市、冥王が統べる暗黒の土地、ネオンが煌めく未来の都市、AIが管理する実験施設、19世紀のアメリカ……様々な時代、異なる領域、どれも危険が満ち溢れていたことが共通だった。

盗賊と怪物から身を守るために刃を振るい、金と食糧のためにも強盗も殺人もやった。度重なる出会い、別れ、そして裏切りの中で私は精神が摩耗され、いつしか生存本能のみで突き動かされるようになった。生存本能のみで突き動かされる生き方とはどんなものかというと、放射能で変異して頭が二つ生えてなお愛嬌のあるヤモリを踏みつぶしてパリポリ食べるぐらい平気でやってしまう、それぐらい心が荒んでいることだ。

野生動物のようにその日を生きることだけを考えているうちに、記憶が薄れ、最後は自分の名前すらもあやふやになった。1年か、5年か?時間感覚があやしくなって、とっくに1世紀が経ったにも思えた。そんなある日、遠いところに文明の光がを目に入った。街があった。

私は電灯に吸い寄せられる虫のように足を急がせた。TAKARATOMYという名の街だった。ミクロサイズの車と巨大な機械動物が共に道を往来し、色とりどりのベーゴマが皿状のスタジアムでぶつかり合い、ロボットが腹からギャップを射出する。不思議にどこか懐かしい気がした。

私は一本のビルの前で立ち止まり、見上げた。壁一面の縦長ディスプレイは歌い踊る少女たちの映像を映し出す。

「たて……なが……」

声帯が震えて、数年ぶりに口から言葉がでた。頭の奥がなぜかが疼く。ビルの自動ドアが開いた。奇抜な格好の少女が出てきた。金、青、ピンクの三色に分けた髪の毛をツインテールに結び、違う色のボール状装飾をたくさんつけた服を纏っている、まるで王宮の道化師のような出で立ち。見ていて目がちかちかする。

女は近づいてくる。武器は持っていないようだが、露出している肩と足は結構鍛え込んでいると見た。私は身構えた。

「やぁ、こんにちは。さっきからずっと見ていたけど、もしかして興味があるかな?」快活な声。女はの後のビルに指を差した。「よかったら中に入ってみない?たのしいよ」

私は警戒した。経験上、こういう露骨な誘いに乗ったが最後、凌辱されるか、殺されるか、凌辱してから殺されるの3パターンしかない。

「……や、いい。もういく」
「まあそう言わずにさぁ」
「なっ」

去ろうとしたが、女はいきなり手を握った。何年振りの人間の体温に思わず鳥肌が立ったが、いやな感じがしなかった。女の手は柔らかく、しっとりしている。

「本当に楽しいって、約束するよ」
「あっ、ちょっ」
「お一人様ご来店でーす」

引っ張られるがままビルの中に入ってしまった。清潔感のあるタイル敷、目を刺激しない照明、所々観葉植物が植えてある、おしゃれな空間。しかし人影が一人見当たらない。

「こちらにどうぞ」

女はそう言い、私をこの建物とよく似た機械の前に座らされた。縦長のディスプレイ、右下の方にコインを入れるためのスロットがある。

「そう、そこだよ。コインを6枚入れてね」

コイン6枚だと?そんな大金、持っているわけが……ん?

手の平に違和感。手を開くと、コインが6枚あった。どういうことだ?

「やっぱ持ってるじゃん!さぁさぁ、早く入れてね」
「あっ、ああ」

言われる通りスロットにコインを込める。またも懐かしい感覚。このようなこと、昔どこかで……

「ぐっ!」

頭の中に火花が弾けた。湿った牢屋、コロシアム、金髪の剣闘士、歓声、戦い、怒号、血と砂……そうか、私は……あたしはそうだったーー

「……マルス神よ、感謝する。これでまた闘争ができる」
「あの、さっき『ぐっ!』って言ったけど、大丈夫?画面の点滅で気分が悪くなったりしてない?」
「なんでもない。ちょっと自分を取り戻しただけだ」
「へぇー、なんかわからないけど、良かったね。じゃ写真を撮るんで画面に向かってポース取って」
「これでいいか?」
「はい上手。次は名前を教えて」
「じゃ、ドゥー……いや、せっかく新しいところに来たし名前も変えようか。キラーKILAHで」
「攻めてるねぇ、登録するけど本当にこれで大丈夫?」
「ああ」
「じゃ会員証プリントするよ……はい出来た。ウェルカム・トゥ・プリ☆チャン !」

渡されたラメ入りのカードには今のあたしが写っている。3年経ってもなおかわいいとは、自分も誇らしくて仕方がないぜ。

新しいシステム、新しい3Dモデル。闘争への扉が再び開かれた。

今日からあたしがキラーだ。

後編に続く


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