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箱入りイールズのライジング

「なぁ、錦野。この状況、どう思う?」
「ふむ……」

 くろだ水族館、太平洋エリア内にあるガーデンイール達が住む水槽の中、チンアナゴの長、花園とニシキアナゴの長、錦野がガラスの向こうを見ながら会話していた。

「一ヶ月まえから、外から我々に指差し、口をパクパク動きながら長方形の機械を向ける大きな人間と狂ったのように境界を叩く小さな人間が消えた。来てくれる人間は食事を運ぶ奴隷だけとなった。若者は脳が未発達のため、人間そのものすら忘れて奴隷に驚砂に潜る藻のが出る始末」
「……HIKARIのメガバオレットだったな。濃厚な味わいで好きだった」
「そこで私は考えた、もしかして何らかの原因で、人間の数が極端減って、絶滅しかかっているのではないかと」
「……でもやはり生モノが恋しい。ホウネンエビとかな。わしの狩猟本能を思い出させる」
「食べ物から離れろ錦野!真剣な話だ!」
「おお、すまん。食べる以外の楽しみがあまりなくてな。期待しとるんだ」
「その楽しみがすぐいなくなってしまうかもしれないぞ」花園は胸鰭を震わせ、海水を多めに吸った。「もうすぐ、奴隷まで消えてしまうかもしれんのだ」
「なんと!?」錦野は驚き、自分の砂穴から4㎝ほど飛び出した。「めしが無くなってしまうというのか?存亡の危機だぞ!」
「落ち着け。また話が終わっていない」花園は胸鰭で軽く錦野に触れ、落ち着かせた。「私はね、これこそが『決起の刻』ではないかと考えている」
「なんと、我々イール族に伝わる伝説の勇者、ハイドラが予言した、イールが再び生態系の頂点に立つという『決起の刻』か!」
「ああ、すべての兆候はそうと示している。今頃、母なる海では、我らの兄弟たちがすでに動き出しているかもしれん」
「大変なことになるぞ。確信あるのか?」
「そのためにも、大洋池のモレイ族とコンタクトを試みよう」

 花園はそう言い、自分の砂穴から抜け出した。その全長はなんと、40cm!一般のチンアナゴ成体より10cmも長い!長たる器に相応しい、勇壮な体格である。他のガーデンイールたちが泳いでいる花園に気づき、恐縮して自分の砂穴に数センチ引っ込んだ。

「同胞たちよ!試練の時だ!」

 水面近くにとどまる花園は鰓を震わせ、水の震動で言葉を水槽の隅まで伝わった。

「長い歳月を経て、地球の覇者となる機会が訪れた。我々は再び、勇気のあるものを外へ送り出す!フィルターを通しメンテナンスエリアへ、そして大洋池に棲む遠い兄弟のモレイ族に伝令を送るのだ!」
「花園の旦那、それは本当なのかい?」花園と同期に水槽に入った狐貫が言った。「いままで送り出した奴が戻った試しはねえ。他の世界との繋がりが断ってかなり時間が経た。今の生活も悪くねえ、本当に命懸けの伝令を送る必要があるのかいボゴッ!」

 懐疑的態度を取る狐貫に、花園は長い体を駆使して、尾鰭で打った。

「腰抜けが!五歳になった私はともかく、地球の頂点に立ち得る若者の命を、こんな場所で無益に費やするだけは、私は……!」
「おい花園、スピーチはちょっとタンマ!奴隷が来たぞ!」

 境界線、すなわち境界線に向こうから、ポロシャツとギャップ姿の水族館スタッフが台車を引いて歩いてくる。

「おっと」花園は本能的に尻尾で砂穴を掘り、半分の体を隠した。奴隷の前とはいえ、全身を晒すのは抵抗感がある。

「しかし妙だ。前の食事からは四時間しか立っとらん。しかもメンテナンスエリアではなく、正面から来ておる。なぁ花園、先程の会話、奴に聞かれたと思うか?」
「まさか。愚鈍な人類は我々のひれと鰓の僅かな動きまで取り入れた言語を理解できるはずがあるまい……何をやっている?」

 彼らが奴隷と称したスタッフは水槽の前にミーティングテーブルをかけて、その上にタブレットを設置した。

「なんだその黒い板みたいな物は?」

(奴隷の不可解の行動、道の物体。わからない。わからないが、何を仕掛けていることは確かだ。奴隷分際で生意気な真似を……大人しく食事を捧げてくれれば良いものを)

 花園は内心に唸り、何があってもいいように心を強めた。モニターに何かが映った。

「「これは!!?」」

 花園と錦野は同時に人工海水を飲んだ。モニターに映ったには、絶滅寸前と思われた人間、人間、人間!大きな人間が口を開けてイール達に指差ししている!小さな人間が狂ったように手を振っている!

「いひぇぇぇーー!?」「目が頭の正面にあるお化けだ!」「怖い!」

 人間を忘れかけたイール達は悲鳴を上げた。

「狼狽えるでない!よく見よ!あれらは食事を運ぶ奴隷とよく似ているではないか!つまり恐れる必要が……アッ」

 仲間をなだめている花園が、次にモニターが映ったモノに戦慄し、硬直した。

 画面の横から、毛むくじゃらの生物が現れた。三角の顔、三角の耳、四本の足、どれもニシキアナゴのような橙色の毛に覆われている。その毛むくじゃらは丸くて大きな目がイール達を見据えた。肉食獣の眼光を受け、花園は全身から粘液が噴き出す感覚を味わった。そう言えばまた海にいた頃、何度釣り人に針に掛かっても必ず生き残ってきたカワハギから聞いたことがある。地上には、魚類を好んで捕食する獣がいることをーー

「みゃー」

 毛むくじゃらが鋭利な鉤爪を備えた前肢をひっかくように振ってみせた。

「「イッヒィィィ!!!?」」

 その動作に原初的な恐怖を覚えた花園と錦野はもはた長のメンツも構わっていられず、身体を縮めて砂に潜った。水槽は静まり返った。


~イールの野望を阻止するために、あなたの顔を見せましょう~



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