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「愛しのボカン大作戦」参劇レポート

以下の内容は、2024年8月に行われた演劇「第一回 愛しのボカン大作戦 こんなん ほろんで いい世界」のネタバレを多く含みます。

文中では参劇観劇を意図的に分けています。


誰だおまえ?

男性。今年50歳
役者でもない、普通のエンジニア
観劇は1年半ほど
初めては「リコリス・リコイル」それから極度にはまり、いろんな劇を観劇
性格的に、気に入った作品は数回見る傾向に

5、6月疑似稽古場ワークショップ

最初はXで見たのかな?
演劇を通じて演出に興味がでた自分ですが、
「ど素人の、歳いったオッサンが参加するのはなぁ…真剣にやる人に失礼」「ギリギリになって空いていたら見学でも」ぐらいの感覚

5月時点で見学し、「素人でも参加していいよ」の声に乗っかり6月は参加
6月は昼参加、夜見学でした

違う分野の考え方に触れて非常にためになったし、夜のワークショップは非常に楽しそうで、参加しなかったことを非常に悔やんだ!!

8月の劇はワークショップに参加したお陰で観にいくこと、観にいくなら「参劇者」として参加することを決定
そして、ネタバレを防ぐために初日に参加を決定!!

誓約書

参劇を申し込んだ後、誓約書が届く

この時点では
「なるほど。演者と絡みやすい客席なんだな。VIPって書いたるし」
ぐらいの感覚

テスト会

今回は舞台入りしてから、テスト会を数回行っていたようです。
一般人も入れてテストを行っていたようですが、初回の体験を大切にしたいから参加せず

演技じゃない、素の感情がいいのではないか。参劇したとの感情を大切にしたい。
こんな思惑ですね。
いいかどうかはわかりません

初日

ストーリーツアー

明日の神話

開演の45分前に渋谷駅「明日の神話」前から劇コーディネターが案内してくれます
ほとんど劇中のまま!!
(遅れてはきません「見てましたよ」とかも言いません)

もう一回参加できるなら、風友くんと同様に1時間待ちしてみたかった!!

待機

初めての本多劇場。初めてが参劇!
本多劇場の一角で待機。開始15分迄自由行動

「荷物をまとめてカゴに入れてください。ポケットにも何も入れないでください」
・・・(やっぱり演者が絡んでくるんだな。ゆうてもいつもの客いじりの延長だろ?

入場

みなさんが客席についている状態で入場

「こちら普段座られている客瀬になります」「ご自分の席になるはずの背もたれを、なぜておきましょう」
この時点で(ファ!?騙された!!どうなるんだろう?自分のせいで失敗しませんように!)とか考えていました
多分他から見て、顔が引き攣っていたのではないでしょうか

劇中

「演者は台本があってずるい」「自分の番はいつくるんだ?」
「演者を間近で観れて最高!!」「演者って裏側ではこんな顔するんだ!?」
緊張はしていたかもしれませんが、変に固くはなっておらず、楽しんでいた気がします
客席の方は気にならなく、演劇を楽しんでいたと思います
ただ、後方で何が起こっているかわからず…「何を見て笑っているんだろう?

退場

演者より先に退場して、その後の内容を見ていません
退場した後は劇場入り口に立たされ、演者を出迎えることに
いつもと違う風景に、感覚は麻痺していたと思います
お見送りをするなんて、最後までわからんよ…

自分では絶対に体験したことがない体験に感覚が麻痺をしたのか、どんな感情だったか分かりません

深夜になっても変な感覚のままでした

2回目

結局劇の内容を保管するために観劇へ
渋谷駅から参劇者を確認しつ、劇場へ
退場の風景だったり、背後でおこっている情景が保管できて、内容を考察する余裕ができた

最後に「キャンセルが出て参劇者の枠を募集しています」の声がかかった時に「出たい」と素直に思った
…やっぱりくじに外れたけど

3回目

山崎さんのスペース聞いて、起きれたら行こうの精神で
起きれたので、渋谷からのいつもの流れ

共感できるセリフ、人物

人物的には吾介。外見はオッサン、中身は大学生。まんま自分

てらさの合流時点の「縁がなかった」すごく同意。切り替えは非常に早い。最後なんてない、次はいっぱいあるの精神

風友くんの「惨劇の理由」。プロジェクトだったり「なんでこんなこともしないんだ!?」とか思っているw

ワークショップからの取り込み

NGワードのくだりは、ワークショップでも行われていた内容
多分、日によって内容が異なるかな?成功例もあったし

自分に置き換えるとNGワード出して、帰られたら非常に凹む…
あんなの無理やん?

朝彦と朋郎はコーディネーター側?

意図的に質問に答えなかったり、回答に誘導しているように見えた

朝彦は最初から参劇者が見えていたんじゃないのかな?食事のシーンは見えているように配っていた
最後も6人が退場する時にも舞台上にいたし、6人の立場を入れ替えて送り出すまでが仕事じゃないのかな?

6人ってどうなったんだろう?

元に戻ったんじゃないかな?
質問の時期は数年後のような話。
未成さんの質問で、参劇した時は結婚前で旧姓って答えているから質問時点で数年経っていそう

参劇者って

観劇者の代理かな、と
自分を投影した人はかなりいると思う
「あそこに立ったら」「連れていかれたら」
そう思って観ていた人はいると思う
その中で演者の方にも、共有できる人もいると思う

全員を「舞台を観る」んじゃなくて「舞台に居る」ようにしたかったんじゃないかと

舞台空間

山崎さんの舞台って、空間の使い方が素晴らしい
セリフを喋っている演者がいる中で、別な演技をしている演者がいる
どうしてもセリフを喋っている演者に気を取られがちですが、少し見渡すと別な演者の援護が目に入る
回により観る視点を変えると別な見方ができる、複数回見て楽しめる構成なのは相変わらず

劇中の質問、自分だったら、こんな感じで答える

参劇の理由をお聞かせください

この劇っていうなら、ワークショップを見て「楽しい!!」「面白いことをやってくれそう」

最初の観劇なら「リコリコ」。
「新しいものを感じたい」「試しで見てみよう」「合わなければやめればいい」こんな考えだったと思う
バッチリハマって参劇までするようになりましたとさ

あってもいいけど、滅んでもいいもの

条件が無ければ「人」
犯罪者だったり、ちょっとした割り込みだったり、人により嫌なことはあると思う
なくなってしまえば、いい世界になるのかな?それとも必要悪で取り除いてもまた増えるのかな?
知らない人がどうなっていようとも、知らなければ何も感情が起きない
薄情とか言われそうだけど、そんなもんじゃない?

何か言われたら無難に「接待」とかしていたかも

最後に

この劇は人を選ぶと思う
明確な回答は出ないし、スッキリとはしない終わり方だと思う

直感的な劇は誰が見ても、同様の感覚をひき出し分かりやすい
思考せずに観たものを、直接感情に乗せる行為は非常に楽で楽しい
この劇は、そんな直接的に感情を揺さぶる劇ではないと感じる
(異論は認める)

自分は次があり、内容を知らされていなくても「参劇者」を選ぶと思う


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