正義と正義の間にいるとき
先般、大学時代の友人達と、もう僕がしらない世代の後輩達とお酒を飲みにいった。ようするに僕が完全なる金欠であるので、おごりでタダ酒を飲みにいったというだけなのだった。友とはご飯を文句をいわずにおごってくれる存在のことをいう。
タダ酒を奢ってくれる人は有難い。なんたってただで酒を奢ってくれるのだ。問題は僕が以前よりずっと酒が弱くなってしまったことだ。
その飲み会でこういうことがあった。僕はある女の子をその飲み会に誘っていた。その子とはネット上でしかほとんど付き合いがないので「なぜ誘われたのだろう?」とすら思っていても不思議ではない。そんな関係だった。
また、ひさしく別地にいた友人も来ていた。彼は非常にはしゃいだ産業でいろいろと活躍していたらしく、実にハイテンポで盛り上げ上手なキャラクターを持ち合わせるようになっていた。
で、よくある話なのだけれど、金曜夜の飲み屋はめちゃくちゃ混んでいて、お酒を頼んでもなかなか来ない。その女の子が来たときには一応酒はきていたが、その子は遅れて来たせいでドリンクがまだなかった。ドリンクがない、のはわずか一人。一人でしかないが、一人はいた。
そのタイミングで、男は乾杯を強行した、それがその女の子は露骨に嫌だったのだろう。深く傷ついた表情をうかべて「乾杯」と小さくつぶやいたのを見た。
全然別のところで、同じ光景をみたことがある。
それはいまはもう無くなってしまったある会社の飲み会で、広告代理店の人や、あるお寺の人がいた。お寺の人は延々と酒をのんでくだを巻いていて、その後でFさんと呼ばれる人が来た。Fさんは、僕の面倒をいろいろ見てくれていた人だった。FさんのあとにHさんがきた。
FさんもHさんも盃がなかったが、Hさんは重要な人物だった。住職はHさんにすりすりと寄っていくと「乾杯しましょうよ」といって、手を付けていないジンジャーハイボールを手に乾杯をした。みんなで。Fさんは苦笑いをして、見えない盃を手に乾杯をした。
何日かしてから、Fさんと会ったときに「あのあと怒られましたよ」といわれた。彼女が怒られるいわれは思いつかなかった。Fさんは「盃がないエアーカンパイをしたときに、苦虫をかみつぶすような顔をしていたって」。
「全員がそろってから乾杯する」。そんな牧歌的な風景を見なくなってしまった。
大人の世界における「全員」には階級や重要度の違いによる差分がある。そして、ある種の人達は、その差分を適切に権力分配して「切る\切られる」人をえらぶ力が必要なのだ。場を仕切るとはそういうことだった。
それは正義だ。
Fさんが、その後になんていっていたのか思い出せない。悔しかったのか、虚しかったのか、なんとも思わなかったのか。わからない。
でも、僕はずっと、何かが間違っているような気がした。何かが間違えている世界を、何も間違っていないかのようにしている力がおぞましいと感じていた。
広告代理店の人はとにかく隠し芸が大事だという話を延々していた。ちょっとまえに「恋ダンス」を新人OLが一生懸命踊ることが、忘年会における職務であるかのように見なされていた時期があり、僕も仕事で2,3組の「恋ダンス」をみた。
恋ダンスを踊るOLはみな、練習量の多さを主張するかのように信じられないほどキレキレであったが、酒の席では誰も見てはいなかった。宴会を政治の場にする暴力の前では、隠し芸などBGMにもならない。かといって、芸妓の愉快さを持つにいたる「お遊び」には程遠い。誰のためにしているのか、誰のためになるのかもわからない隠し芸だけが大人の職務としてたんたんと行われるに至るのだ。
ここには、正義と正義との間にある虚しさがある、と思った。
飲み会を円満に保全するための正義、飲み会のなかで的確な存在感を与えられ、上下関係にしばられずに楽しむ正義。その間にある陥落にはまる人を減らすのが正義であるならば、その最たる伎芸が「飲み会における乾杯の管理」だったのだろうと思う。
政治のない飲み会は結局もうどこにもないのだ。
気まぐれで暴力を振るうやつがいればそいつは呼ばないし、飲み癖が悪いやつも呼ばない。適宜隔離するための仕切りが必要であり、お酒を飲んでグロッキーになる若手がいないの上座がよろこばない、といったこともよくある。
一番ダメなのは、悲しい気持ちになる人がいる飲み会だ。誰も悲しんではいけない、とはいわない。しかし、切り捨てる相手を探して殺していく先に楽しいお酒なんていうものがあるんだろうか?
理想の宴会
僕が夢をみている飲み会はこうだ。
足湯のある。外にいる。デッキのような場所から蛍が飛び交っている夜を見る。
星空は満天に昂じ、凜然とスズムシが鳴いている。楽しいお酒をのんでいると誰かが一連の詩を吟じ、誰かの連歌に付合を求められる。
食事は簡素だが心のこもった酒肴があって、それをつまむと一献の笑いがおこる。
楽しいひとときは終わる。何も話さず、何もいわなかったが、お酒はよかった。友人達もいいやつばかりだ。場も座もみだれず、ただ涼風だけが頬をなでていく。
そしてふと、一陣の風が吹き、ふと気づくと、周りから皆がいなくなっている。
蛍も虫の音も消えてなくなり、ただ秋の孤独な夜だけがそこに静かによどんでいるのだ。
夜だけが。
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