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4.泣きっ面に猫



12月。


あ~~~~~。

つまんない。


はるまくんに絡むようになってから数週間。
今日ついに、はるまくんが学校を休んだ。

朝、待てども待てども来る気配のない様子にしびれを切らしてメッセージを送った。
相変わらずすぐ既読がついて、ちょっと時間をおいて、送られてきたのは

『風邪をひいたみたいなので今日は休みます。』

とのこと。
俺が原因じゃなくてよかったけど。


てなわけで。
つまんない。

廊下で窓の外を眺める。
空気がなんか、白い。寒そう。あ~寒い気がする。
はるまくんで温まりたいなあ。
あ~~~~~~。

耳障りに授業開始を告げるチャイムが鳴り響く。
ど~でもいい。
帰ろうかなあ。

……トイレ行こ。




結局、トイレとか中庭とか、適当にブラブラしながら時間を潰して、たぶん今は4時間目の最中。
パクってきたカギを使って屋上に侵入し、ぼ~っと校庭を見下ろしている。


「暇だなあ」

ぼそっと独りごちても、なんにも起きない。

最近はずっと充実してた。
授業中にはるまくんをガン見して焦らせたり、登校してきたはるまくんに後ろからいきなり大声で声かけたり、はるまくんが読んでる本を取り上げて、萌え萌えな挿絵を笑ってみたり。
そのたんびにかわいい顔するもんだから、どんどんヒートアップしてしまう。

キュートアグレッションだから仕方ない。
かわいいのが悪いよ。ふふ。

冬の冷たい風を浴びても頭は冷えない。はるまくんのことを考えると、全身に血が巡るスピードが速くなるような気がする。
あ~~、会いたいなあ。

手持無沙汰にスマホを取り出し、流れるようにメッセージアプリを開く。
電話しちゃおうかな。
はるまくんのトーク履歴を開いて、過去の業務的な返信の数々を見て微笑んで、気が付いたら通話ボタンを押していた。


「……」
『……っはい゛……もしもし』
「!」

出てくれた!
思わず顔が綻ぶ。うれしい。声、枯れてる。


「もしもし、はるまくん。調子ど~?」
『ゲホッ、っうん、だいじょうぶ……んん゛っ』
「あは。しんどそうだねえ」
『う、うん……っどうしたの……?』

ちょっと息が荒い気がする。
かわいいな。
……せっかくだしなにかしたいな。


「ご飯たべたあ?」
『ん……うん、おかゆ……』
「え~、俺おかゆニガテ。」
『ゴホゴホッ……そう、なんだね゛』
「うん。味しないじゃん?俺はね~、今から何食べようか悩んでるとこ。」
『そっ、か、ゲホッ、あれ゛、学校……?』
「うん。学校いるよ。でもなんか今日やる気出ないし、帰……」
『ゴホッ、ゲホゲホ……』
「……ろっかなって、思ってたけど。」
『んん゛、っ、ご、ごめんね、咳が……』
「……」

……結構酷そう。
…………かわいそう。つらいだろうな。

………………。




「ね~、センセ」
「えっ!?あ、柳くん!?どうしたのかな……?」

ちょうど授業が終わり、教科書やファイルをまとめていた担任に声をかける。
ラッキー。担任なら話早いや。


「はるまくん休んでんじゃん。なんかさあ、プリントとかない?俺届ける。」
「あ、ああ……子田くん、そうだね。……プリントはあるけど、明日でもいいんだよ……?」
「ん~ん。届ける。」
「……そ、そっか!優しいね!……ちなみに柳くんは授業中どこにいたのかな?」
「屋上」
「え!?屋上って」
「プリントちょうだい。でさ、はるまくんの家ってドコ?」
「えっ、あ、え、知らないなら明日で……」
「ドコ?」
「あ、え、あ、えっとね……」






「ふ~ん。ここねえ。」

学校を後にして、到着。
住宅街の中に自然に溶け込む、超ごく普通の一軒家。
駐車スペースは空っぽだ。じゃあ今、ひとり?

メッセージアプリを開く。

『はるまくん』

すぐ既読が付く。

『今家にひとり?』

ちょっと時間を置いて、返信が返ってくる。

『はい』


……ひとりなんだ。
あはは。

チャイムを鳴らす。
どたん、ぱたぱた、とかすかに物音が聞こえてくる。
焦ってる焦ってる。
かちゃ……とドアが小さく開いたので、じれったくて扉を掴んで思い切り開けると、パジャマ姿でおでこにシートを貼ったはるまくんが絶望の表情で玄関に立っていた。


「うはは、来ちゃったあ」
「な、なんで……」
「会いたくて」
「っ……ゲホッ!ゴホッゴホ……」
「あ~ほら、お部屋いこ?」
「っや、だ、だめ、その、移すから……」
「いいよ。」
「だ、だめ、よくない……」

上がってほしくないんでしょ。
でも怯えて言えないんだよね。かわいい。
はるまくんの弱った姿を見ていると、頭の後ろらへんでゾクゾクとなにかが沸き上がる感覚が止まらない。

「おじゃましま~す」
「ちょ、ちょっと、柳くんっ、っわ!」

ひょい、と抱きかかえて中に押し入る。軽っ。
玄関を上がると、正面に階段がある。


「はるまくんの部屋は二階?」
「うう、に、二階……ゴホ、ゴホッ」
「おっけ。」

背中で咳をするはるまくんをしっかり抱えなおして、部屋へ向かう。
あ。『HARUMA』ってプレートがかかってるドアがある。
……ん。向かいには『HARUKA』のプレート。


「え、はるまくん、兄弟いんの?」
「っえほ、う、ん、お姉ちゃんが……」
「へえ!そうなんだ。よいしょ」

新情報だ。うれしい収穫。
弟なんだあ、なんて思いながら、『HARUMA』のプレートがかかったドアを開けて中に入った。





「ひえぴた替える?」
「っん、あ、ありがと……」

はるまくんをベッドに寝かせ、甲斐甲斐しく世話を焼く。
いままでイジワルばっかりしていたから、なんだか新鮮で心躍る。


「お水ちゃんと飲んでね。」
「……ん、うん……」

本人も目に見えて困惑しているようだ。
布団を両手で握りしめてるけど、ゆっくり警戒を解きつつある。
かわいい。優しくするのも楽しいな。

頭を撫でてみる。
手を近づけると少しビクッとされたけど、髪を梳くようにやさしく撫でると、火照った顔で俺を困ったように見つめてくれる。


「熱いね。つらい?」
「だ……いじょうぶ……」
「熱、朝測った?」
「うん……」
「もっかい測ろ。上がってたら、寝かしつけて帰るよ」
「う、ん……ありがとう」

ベッドのそばにある簡易的なローテーブルに置いてある体温計を手に取り、電源を入れる。
ぴっ、と電子音が鳴ると、はるまくんが上体を起こし、パジャマの襟に手をかける。

……。
…………。


「……やなぎ、くん?」

キョトンとした顔で首をかしげている。
首筋は汗ばんでいて、露わになった鎖骨も、肩も、火照って赤い。

体温計を向けて近づく。
脇に差し込みながら、至近距離で顔を向かい合わせる。


「っ!」
「汗、すごいね」
「あ、う……」

体温計を挟んだ脇を押さえながら、キョロキョロと泳ぐ目をじっと見つめる。
いま、なに思ってるのかな。なにを思い出してるんだろう。
恐怖を感じてるだろうか。弱った身体で、苦手な人間に、至近距離で見つめられているこの状況に、この子はどんな感情を抱いているんだろう。


「暑い?」
「……」
「にのうで、メッチャ熱持ってる。」
「っ……」
「俺の手、冷たく感じる?」
「ひっ」

頬に触れる。華奢な身体が弱々しく震えて、目はぎゅっと瞑られてしまった。
顎を掬って、首筋に視線を注ぐ。
てらてらと汗で光っている。

おいしそう。


「っ!!ひっ、やだっ、ゲホッ、や、!」
「んん、あつい。しょっぱい。……でもこないだの涙とちょっと、味ちがうね。」

舌全体を首筋に押し当てて、耳裏まで舐める。試着室で味わった涙はもっとしょっぱかった。
ふるふると震える振動が、舌から伝わってくる。
……興奮する。

はるまくんの両手をぎゅっと掴み、ベッドに足をかけて、馬乗りの体勢になる。
怯え切った瞳が俺を見上げている。かわいい。かわいそう。


「やなぎくっ……やめて……!」
「暴れちゃダメだよ。体温計はずれる。」
「い、いからっ、離れて……!」
「はるまくん」
「っや、っ、やだっ!やだ……!!」

ああ。

力入らないくせに、どうせ敵わないのに。
必死で藻掻く姿を見ていると、本当に、ほんとうに、興奮が止まらなくなる。

体力を消耗して、ぜえぜえと口を大きく開いて必死に酸素を取り込んでいる。
その様を見て、……今日の遊び、思いついた。


「はっ、あがっ!」
「うわ、口の中もあっつい」
「んあ、はふぁっ、!」

人差し指と中指を、口内にねじ込む。
歯を無理やり開いて、舌を指で摘まむ。


「っあ゛、うぁ、はっ」
「あはは……吐きそう?」
「ひゃえれっ、や、らぎく゛んっ」
「ん?なに?なんて言ってるの?」
「う゛、っあ、ふぁう、」
「ははは、あは、苦しい?」

震える手で俺の手を外そうとしてるけど、全然力が入ってない。
弱くて、哀れで、かわいそうで、めちゃくちゃかわいい!

中指で舌をぎゅうと口底に押し付けて、反対側の人差し指で、硬口蓋をズリズリと撫でる。


「っあ、う゛っ、え゛うっ」

苦しそうにえずいて、涙をぼろぼろと零す。
そのまま口蓋襞を爪でかりかりと引っ搔くと、パッとはるまくんの目が見開く。
あ、吐く?


「っあ、はあっ、!!はあっ、はあ!」
「……袋いる?」
「~~~~~っっ!」

動きを止めて指を引き抜くと、胸を押さえて苦しそうに呼吸するもんだから
軽口を叩いたら、濡れた瞳でキッと睨まれた。
おお。さすがに怒ってる。かわいい。


「ふふふ。ごめんね?」
「はあっ、ゆるさっ……や……は、離れて」
「許さない?やだ。どうしたら許してくれる?」
「ひゃっ、!やだ、っやだ!離れてっ」

はるまくんの顔の両横に肘をついて顔を近づける。
クゥ~ン、みたいな悲しい顔をして見せたいけど、むりだ。ニヤけが抑えられない。
俺の表情を見て明らかに怯えてる。俺そんな怖い顔になってるのかな。

「許してくれるまで離れない」
「っう、やだっ……もう……!ううっ」
「ふふふ……かわいい。やだねえ?」
「おねがいいっ……」
「じゃあ……これしたら、離れてあげる。」
「んぇ……んっ、む!!」

唇を重ねる。
間髪入れずに舌をねじ込んで、はるまくんの舌とぶつかる。
それを押し退けて、上顎の歯列を内側から、ゆっくりなぞる。


「んっ……ふぁぅ、んんっ」
「ん……ふふっ」

明らかにさっきとは違う反応。
ぎゅっと目を閉じて、俺の服を掴んで、はふはふと頑張って呼吸をしている。
上唇にはむっと柔く噛みついて、吸う。
ちゅぱっ、と音を立てて、顔を一瞬だけ離す。
彼が目を開けて俺を見た瞬間、また唇に吸い付く。
唇をくっつけたまま、お願いをする。


「目、見ててよ。」
「っ……」

睫毛と睫毛が触れ合うくらいの超至近距離。
涙で溶けたような瞳と見つめ合いながら、口内を味わう。

舌が震えてる。こっちの舌でちょいちょいと手繰り寄せて、唇でじゅっと吸い上げると、はるまくんの身体が跳ねて、振動でぽろっと涙が溶け落ちる。


「んぅ……んっ……」

ゆらゆら揺れる瞳が俺をずっと見つめてくれている。

唾液を吸い上げて、俺の唾液と混ぜて、返す。
こくんと小さい音を鳴らしながら、飲み込んでくれる。

なにこれ、たまんない。
きもちいし、かわいい。愛おしい。

今までの恋人とどんなキスをしても、こんな気持ちになったことなんかなかった。


……すきかも。

そっか。好きだ。

俺、はるまくんのこと好きなんだ。


「……ぷはっ、はあ、はあ……」
「……はあっ……」

息を切らしたかわいい顔を優しく撫でる。
俺の好きな子、かわいい。


「……ねえ。はるまくん」
「……っ、な、に……」

風邪の火照りとはまた別の頬の赤さ。
希望的観測かな?


「きもちかった?」
「…………」

目線がふい、と逸らされる。
かわいい。
その反応だけで大満足だ。







後日、メッチャ風邪引いた。
マジでキツかった。

こんな風邪移したらダメじゃんね。こんどお仕置きしよう。



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