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【セカコの世界史】 啓蒙専制主義の特徴と限界

セカコ: 先生、啓蒙専制主義とは具体的にどのような特徴があるのですか?

先生: 啓蒙専制主義は主にプロイセン、オーストリア、ロシアなど東欧・北欧の国々で見られました。これらの国々では、啓蒙思想に影響を受けた君主が多岐にわたる改革を実施しました。具体的には、農業や商工業の奨励、死刑や拷問の廃止、初等教育の拡充、そして宗教的寛容の実現です。これらの改革は、国民の幸福の増大を目的の一つとしていました。

セカコ: プロイセンではどのような改革が行われたのですか?

先生: プロイセンのフリードリヒ2世は、「君主は国家第一の僕」と自称し、多くの改革を行いました。彼はアカデミーを復興し、ロココ様式に基づくサンスーシ宮殿を造営しました。これにより、ベルリンはヴォルテールやバッハのような思想家や音楽家を招き、文化的に大きく発展しました。

セカコ: オーストリアではどうですか?

先生: オーストリアでは、マリア=テレジアとその子ヨーゼフ2世が改革を行いました。彼らは税制の改革や官僚制の整備を進め、カトリック教会への統制を強め、修道院を解散させました。文化面では、ウィーンがモーツァルトをはじめとする音楽家たちの集まる音楽の都となりました。

セカコ: ロシアではどのような改革がありましたか?

先生: ロシアのエカチェリーナ2世は、文芸の保護や社会福祉、地方行政制度の充実などを含む幅広い改革を行いました。これらの改革により、プロイセン、オーストリア、ロシアはヨーロッパの国際政治における地位を高めました。しかし、これらの改革は西欧諸国に対抗して、富国強兵を目指すためのもので、社会の基本構造、例えば身分制などは大きく変わりませんでした。

セカコ:啓蒙専制主義は、近代的な側面と同時に、限界があったということですね。

先生: その通りです。啓蒙専制主義は、確かに多くの近代的改革をもたらしました。例えば、商工業の発展、教育制度の改善、司法の人道化などは、それぞれが社会の近代化に寄与しました。しかし、根本的な社会構造、特に身分制の維持といった側面では、これらの改革は限界を持っていました。結局、これらの国々の社会秩序は、大きく変化することはなかったのです。

セカコ:ありがとうございました。

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