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高校時代の思い出

 僕が通っていた県立高校は、駅から15分くらいのところにあった。

 ずいぶん古い校舎で、入学した時は、築数年の新校舎だった中学校と違って、帰宅するなり埃っぽくて嫌だなと母親に語ったものだが、一週間も通うと慣れた。

 その埃っぽい校舎も、体育の授業や体育祭をやっていたグラウンドも、今はもうない。その校舎があった場所は、今はグラウンドになっている。そして当時、グラウンドだった場所に、ピカピカの新校舎が建っている。

 年月が経つにつれて、高校時代の思い出は薄れていき、特に印象に残った出来事ばかりが思い出されるようになるが、当時は何気ない出来事だと思っていたのに、強く印象に残っている記憶がある。

 それは、僕が社会科の教員になって、公民を教えるようになったからかもしれない。

 高校の帰り道に、何人かの大人が、赤だったか、黄色だったか、紙に印刷されたビラを配っていた。

「原発反対」

 と書かれたびらである。

 受け取って読んだ記憶を鮮明に覚えている。

 海岸に原子力発電所を作る計画があることは、この地域に住む人なら誰でも知っていた。

 高校最後の体育祭の打ち上げて、みんなでバスに乗って海へ行った。学校からそう遠くなく、日本海に着く。その綺麗な海岸の南側が、原子力発電所の予定地だった。

 日本海を見ながら走る海岸道路は、昔、シーサイドラインと呼ばれて有料道路だったと聞いたことがある。その道路は、原子力発電所予定地のところだけ、この字型に曲がっていて、内陸のトンネルに入る。

 高校を卒業して、三年ほどが過ぎた。大学生になっていた僕は、原発の是非を問う住民投票が行われることを知った。

 あのビラのことを思い出した。

 住民投票は行われた。

 原発反対派が勝ち、原発建設は撤回された。

 教員になって驚いたことには、そのことが、記事として公民の教材に載るようになった。

 もっと驚いたことには、ほど近い場所にワイナリーができたことである。

 高校時代に、みんなでバスに乗って海へ行ったバス路線の途中にある、バス停を降りると、ワイナリーがある。

 結婚式の時に、引き出物にそのワイナリーのワインを入れたのを覚えている。

 県立高校に通うあの日の僕に、原発の建設が中止になって、ワイナリーができた未来の話を聞かせてあげたら、驚くだろうか、笑うだろうか、などと考えてみた。


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