マネジメントの視点において企業と大学は違うのか

 大学に勤務しているとしばしば「企業と大学は違う」というフレーズを耳にする。このフレーズは多くの場合、企業のマネジメント経験者がその手法の活用を提案した際に、反対の理由として発言される。
 この議論は、大学マネジメントの方向性を考える上でかなり本質的な問題を含むと思っているが、私は少なくとも私立大学においては「基本的には同じ」というスタンスで仕事をしている。

 まずは企業と大学の責任について。「企業にとって第一の責任は存続することである」(P.F.ドラッカー「現代の経営」より)。大学の第一の責任も存続することである。建学の精神を基にした教育を行い、社会に貢献する人材を送り出す営みを将来にわたって継続することこそ、大学の第一の責任である。ドラッカーの言うところの企業にとっての第一の責任と何ら変わるところはない。それでは、大学が存続するために利益が必要であるかどうか、これが次の論点になる。

 次の論点は大学が存続するために利益が必要であるかどうか。大学は企業と違って利益を出すべきではないと教わった大学職員も多いと思う。しかし、大学にも「内部留保」は必要である。
 内部留保とは、企業の純利益から税金、配当金などを差し引いた残りである。これを設備拡大などに再投資することで、企業は時代の変化に則して事業を充実、拡大、変化させ、事業の継続を可能にすると考えられる。
 大学における大きな投資は校舎や設備への投資ということになる。少なくとも現在の大学設置基準においては、大学を設置し運営するためには十分な校地、校舎、設備が必要であり、これらに耐用年数があり、また将来に向けて教育環境を向上させるためにも、更新費用を蓄えておくことが必要である。この再投資の資金は、主に第2号基本金への組み入れや減価償却によって内部留保することになる。これらは「未来のリスクを賄うための利益、事業の存続を可能とし、富を生み出す資源の能力を維持するための最低限度の利益」として、企業における内部留保と同様の役割を果たす。
 したがって「企業は利益を目的とし、大学は利益を目的としないので、企業と大学は違う」という主張はあまり適切でない。

 企業と大学を比較する上でもう一点議論になるのが、ガバナンスの問題である。規範となる法律が、会社法であるか私立学校法(もしくは国立大学法人法など)であるかという違いはある。
 しかし、これについても責任と権限の観点で考えれば大きな違いはない。平成16年の私立学校法改正、平成26年の学校教育法及び国立大学法人法等の改正により、学校法人のガバナンスと企業のガバナンスは共通点が増えており、多くの部分で読み替えが可能である。
 組織の決定機関については、株式会社の取締役会と私立学校法人の理事会が同様の役割を果たす。代表権を持つ執行者としては、代表取締役社長と理事長が同様の役割を果たす。学長は特別な存在であるが、私立大学の場合、理事として理事会の構成員となると同時に、大学の教育研究に関する執行権を理事会から委任されていると考えれば、企業における業務執行取締役と対応させることができる。
 教授会については大学特有のものであり、組織のガバナンスの観点からはその位置づけの説明が難しかったところ、学校教育法等の改正により学長の諮問機関と位置づけることで解決を図った。これにより、慣例的に教授会が有していた権限の多くは、責任が明確である学長の権限となった。
 教員の間では「大学は個人事業主の集まりである」という意見もしばしば聞かれる。しかし、もはや学長にはその個人事業主を組織として一つにまとめ上げる責任があり、企業の事業部長、執行役員と何ら変わるものではない。

 最後に業績の評価についてである。企業の場合、株主からすれば決算は無視できない。利益を上げ、配当を出すことができたかどうかである。またその内容、将来性などの要素が株価に反映されることとなる。一方で顧客にとっては提供された商品やサービスの内容が重要であり、これが売り上げに反映されるので、利益が出ていればそれでよいというものでもない。
 大学のステークホルダーは学生やその保護者、就職先の企業、卒業生、共同研究を行う企業、監督官庁であり補助金を出している文部科学省など、多岐にわたり、それぞれのステークホルダーが求める業績の尺度は異なる。監督官庁である文部科学省にとっては財務状況も非常に重要であるが、その他のステークホルダーにはそれほど重要視されていない。保護者にとってはむしろ卒業生の就職状況が最も重要かもしれない。
 こうしてみると、業績評価の指標は企業と大学で似ているようにも異なるようにも見える。しかし、今後大学経営を取り巻く環境がますます厳しくなると、継続性の条件である財務状況はますます無視できない指標となる。もはや業績を評価する指標においても「企業と大学は違う」などとは簡単に言えない状況ではないだろうか。

 これらのほかにも、もし、組織マネジメントを考える上で企業と大学が決定的に異なる点があればぜひお伺いしたい。

(「文部科学教育通信」実務経験者と考える大学マネジメント第15回原稿を再編)

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