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辞書、送るよ

以前、オンラインサロンに投稿した
彩子(あこ)の個人的な文章です😌
思うところあったので、こちらに残しておきます📖


2019年11月26日
仕事の準備をしていると
千葉の救急隊の方から電話があった。
外出先からタクシーで帰宅した母が
1人で降車出来ず、気付いた近所の方が
119番に通報してくれたらしい。
身体中の血が逆流するような感覚、
無駄にウロウロ動き回ってしまうの脚。
なのにとても冷静に救急隊の方の話を聞いた。
後にわかった事だけど、母は血圧が高かったらしく
脳出血を起こしたとのこと。
後遺症もあり、出来ないことが増えたそうだ。

入院初日、医師の説明を聞いている時も
静かに淡々と受け止めることが出来たように思う。
私からの質問は1つ。
「これから私は付き添いすることになりますよね?
職場にはどれくらいの期間のお休みを頂いたら
良いでしょうか?」
医師は身体ごと私に向かい、目をしっかり見て
「仕事は休まない方が良いと思います」
と言った。
ああそうか、これは長い療養になるんだな
治らない可能性が高いのだろうなと、理解した。
そして仕事の心配なんか出来てしまう自分が
とても嫌だと感じた。

ここからは大変だった。
仕事は続け、さぼりつつも家事をし、休みの日には
我が家から片道2時間かかる病院へ通う。
母の希望で、退院後に入れる施設を探しまわり
母の自宅売却の話も進める。
体力のない私にはかなり辛い時期だった。
母は半身に軽い麻痺が残り
今も車椅子を使って生活している。
そして、今まで当たり前に出来た
『人へ気遣う』ことが出来なくなってしまった。
難しいことを考えるのも無理な様子。

ある日、施設の見学に向かう電車の中で
瞬きをしたらコンタクトレンズが外れた
慌てて探し回るも見つからず
さて片目でどうしようと途方に暮れていたら
初めて涙が出た。
お母さん、私は1人っ子だから
小さな頃からいつかこういう日が来る覚悟をして
しっかり対応出来るよう心算はしていたよ。
でもね、まだ70歳じゃない
ちょっと早くないかな?

見学の後、母の見舞いに行き
施設の様子を伝え、意見を聞くも
「彩ちゃんにお任せする」とだけ
代わりに今日出た便の報告が始まる。
今の母に重要なのは、食う寝る出すであって
未来の住まいは些細な問題らしい。
「施設の話していたのに、うんちの話かーい」
と、自然と笑って話せた。
元気な頃は、とにかく心配症で
私に迷惑をかけるのを嫌った人なのに
病気のことも、施設のことも気にせず
少女のように「今日は沢山出た」と話す。
私、今の母好きだな。
残りの人生、不安や心配を全て手放して
子供みたいに暮らしていくのも悪くないかな。

施設にいる母と連絡を取る度
「何かいる物はない?」と聞くのだが
いつも「ない」と言われていた。
それが先日「辞書が欲しい」と言ってくれた。
「手紙を書こうにも字がわからないから」と。
こんなに嬉しいおねだりって
今までに経験したことないな。
もしかしたらお母さんは、私が小さい頃
本をねだられる時、こんな気持ちだった?
少し字の大きめの辞書、探して送るよ。
待っていてね!


May 2 , 2021   彩子

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