【舞浜戦記第2章】アウターキューの攻防:スプラッシュ・マウンテン044
時代は移り行く。
2000年にファストパスが始まった時、もう長い列を見る機会は永遠に失われたんだと確信した。
200本を超える柱を立て、50本近いロープを張って作るキューエリアへ、ゲストを収容することもなくなったのだと、寂しい気分になったものだ。
それらはかつて僕らのメインの業務であり、日々行なっていた作業の一つだった。
ところが、二度とお目にかかれないだろうと思っていたものが、再び目の前に現れた。
コロナ禍による、ファストパスの休止である。ソーシャルディスタンスの影響もあり間隔は開いているものの、長い列が復活。
また、パークの所々に黄色いラインが引かれた。こんな「景観を乱す」線があちらこちらに引かれるのも驚きだ。
まさかこんな時代が来るとは、予想もつかなかった。こんな事態を、誰が予想しただろうか。
未来はつくづく分からない。
列を収容するために、パレードで使用する穴を借りていた
ごくごく初期の、まだ僕らが長い列と格闘を繰り広げていた頃の話だ。
その日、僕は久しぶりに外浮きを担当した。
もう一人が、僕と同じオープニングキャストの、K谷君だ。
外浮きとは、待ち時間の長いアトラクションには必ずあるポジションで、主に屋外でアトラクションの入場を担当している。入口付近において、入場整理を行い、列の調整を司っている。
ファストパスもない時代のことだから、長い列は折り曲げて収容するしか方法はなかった。
スプラッシュマウンテンはまだオープンして間もないため、土日平日問わず、長い列ができていた。
朝一番に入園してくる人々は元気よくクリッターカントリーへ駆けつける。僕らはそれを待ち受けて、列に並んでいただく。
列の最後尾は瞬く間に伸びていき、僕らはできるだけ列を伸ばさないよう、必死で中へ入れ込むのだ。
列はこちらの思い通りには動かない。一度できた列を誘導するのに、歯がゆいほど時間がかかる。
真っ直ぐに一直線に伸びた列を、何度も折り返すキューエリアの中へ通すのに想定外に時間がかかる。
列が進むスピードと伸びるスピードでは後者が圧倒的に遅い。つまり、伸びる一方ということだ。
アウターキューエリアは全部使っても120分待ち分しか収容できなかった
朝8時か9時に開園し、新アトラクションに熱狂する大勢の押し寄せるゲストたちの入場が一段落し、落ち着くのは午前も終わる11時頃だ。
それまでには、下の図のF区画やG区画が列で埋め尽くされる。列が全部収まらず、ウエスタンランドの真ん中を横切って伸びていくのが日常だった。
(※1992年〜中盤頃)
G区画が全部埋まると、待ち時間にして120分。
そこからさらに列は伸びていく。
列の最後尾は、果てしなく続き、見えない。混雑日はウエスタンランドも通り越して、シンデレラ城の前まで伸びていた。
すでにクリッターカントリー内も、その敷地面積の半分が列で埋め尽くされている。
それでも足りず、蒸気船マークトウェイン号乗り場前のラインも一本使わせてもらっていた。マークトウェイン号の乗り場の正面の広い場所に、ロープを張る場所がある。
これは、TDL開園当初に、蒸気船マークトウェイン号が常時2時間待ちだった時代に使用され、以来使われずにいた区画だ。
使える場所はとことん使わせてもらうことで、どうにか列を吸収していた。
★
ところで、この図の白いパレードルートは、パレードが通る場所だ。白線に沿ってパレード用のロープが張られ、その外側で見ていただくためのラインだ。パレードを見る人々は、このロープの外側に座ったり立ち見したりする。
見たとおり、パレードを見る人々が待つ位置と、スプラッシュの並ぶ列が重なっている。ロープを張るための柱を差し込む穴が、パレードで使う同じ位置の穴を借用しているのだ。
使えるものは何でも使わせてもらう。ちょうどいい位置に開いているものだから、パレードのコントロール部署に相談して、パレード実施時間外に借りていた。
当然、パレード開始前までには、返さないといけない。
★
ゲストたちは、おそらく食事に行くのだろう、お昼の時間になると、待ち時間はやや減少する。そこで、僕らも順に食事休憩を回す。
その後、食事時が終わると、また待ち時間はジリジリと上がり始める。
13時を過ぎる頃、再び列は伸び始める。待ち時間も120分から130分へ。
さらに140分へ。
一日を通して、列は伸びたり縮んだりを何度も繰り返すのだった。
パレードの時間が近づくのに、列は一向に減らない
午後のひととき。
近くのパレードルートは、場所取りする人が増えてきた。道が自然と形成される。
「今日は全っ然、減らねえなぁ!」
今日の外浮きのリーダー役のK村さんが言った。
まだ13時半を過ぎた頃だ。
パレードは15時スタートだから、まだかなり時間はある。
「パレード待ちが始まってるな」
アウターキューエリアから飛び出した列は、カントリーベアシアター手前でシートが敷かれた隙間から、パレードルートの内側に入り込んでいる。
これは、カントリーベアシアターの入口前が狭くて、列を伸ばすスペースがないためだ。
仕方ないので、パレードルートの内側を通らせてもらう。この先は、ルート内側をひたすら列が伸びていた。
こんな状態ではパレードなどできるはずもない。
もしこのまま減らなかったら?
入場を停止させるしかない。これ以上並べなくすれば、列が伸びることはないからだ。
(運営停止しているわけではないので、ボートは動き続けている)
しかし、アトラクションの入場を止めるのは極力避けたい。大勢のゲストが来園しているのに、運営側の都合で並べない時間が発生するのは決してよいことではないのだから。
同時に、周辺の安全にも代えられない。
ここでK村さんが僕らに告げる。
「よし、Gの4・5を一本撤去しよう」
G区画の一列分を減らすという意味だ。
列は伸びているのに一列をカットすると、さらに最後尾は伸びる。
「まだ最後尾はあんなに伸びてますよ」
僕が言うと、
「パレードがあるから、取らないわけには行かないだろ」
パレードルートの最前列は徐々に埋まり、場所取りのシートが敷かれていった。
スプラッシュのキューエリア付近も人が集まってきていた。ところがアウターキューがあると、座ることすらできない。
どんなに列が伸びていようが、パレードが近づいているので、ロープは撤去せざるを得ないのだ。
「あとはひたすら伸ばす!」
僕はキューエリア内に入り、列をカットする。
列の流れがしばし止まる。
G区画は一区画分が広い。半分だけ撤去することができる。
パレードに際し、残せるギリギリの部分だけ確保して、あとは列を伸ばすだけ。
列は一向に縮まらず、むしろ伸びていき、さらに最後尾が遠のいていく。
僕らはジリジリしながら、列の流れを見守った。
★
パレード開始30分前。
列は際どいタイミングで減り始める。最後尾が縮み出し、パレードルートから抜け出ることができた。僕らはひとまずホッと一安心。
しかし、ここから次の問題が発生する。
つい1時間前までは、キューエリアの外側とパレード観覧場所の間に余裕があった。
せっかくロープを撤去してスペースを広げたのだが、そこへ場所取りする人と立ち見の人が増えてきたため、通る道がどんどん狭まってきた。
今や、道幅が1メートルもないくらいになっていた。
パレードを見るために人がどんどん集まってきたおかげで、ここに人が滞留している。かなり余裕があったはずなのに、狭くなり通行すら困難になりつつある。
これはまずいぞ……
直感的に、危険が迫っているのを感じずにはいられなかった。
通路確保はゲスコンの腕の見せどころ
パレードが始まった。
僕は付近を見守る。パレードの大きなフロートが近づいて来ると、人々はそちらに釘付けになり、もはやスプラッシュに並ぼうとする人も激減した。
入場する人がいないと、キューエリアは途端にガラガラになる。人が消えると、そこには柱と細いロープがあるのみだ。
その外側は、立見の人でぎっしり埋め尽くされている。通行すら難しい状態になってしまった。
単に通り抜けたい人は、通れなくなった道よりガラガラのキューエリア内に入り込んでくる。ロープをくぐり、ある人は脚を上げ、またいで中へ入ってくる。
スプラッシュに乗りたい人か、ただ通るだけの人かも判別できない。
原則的に、入口ポジションのキャストは、入場ゲストのチェックを行う必要があり、入場者をしっかり確認しなければならない。
でもこの状態では、それが厳しくなっている。
周辺が、混乱に陥っていた。
なんとか収めないといけない。僕はロープをくぐって中へ入ってくる人へ、
「お通り抜けの方はロープの外側をご通行下さい」
とスピールするが、全く聞いてくれない。それも当然、外側の通り道が塞がりかかっていたのだから。
通れない外側より通れる内側へ入り込むのは仕方がない。
しかしゲストが次々とロープをくぐって中へ入るのは危険な状態だ。通り道として使うなら、わざわざ上半身をかがめて通ってもらうのはとてもサービスとは言えない。
これは結果的にゲストへ、「わざわざ面倒かつ、危ない方法で通ってください」と頼んでいるに等しい。
本来、邪魔なキューエリアは撤去しなければならない。
あえて残しているのは、パレード終了後にゲストが一気に戻ってくるのに備えているためだ。安易に撤去すればその後再設置の手間が生じる。すでにG区画外側一往復分はやむを得ず撤去したが、後で再設置する。この一往復分を設置する作業に5分程度はかかる。さらに一往復を撤去すると、10分くらいは要するだろうか。
パレード終了直後に、最低でも2名が10分間設置作業にとられるのは痛い。
つまりこのロープを外すわけにはいかないのだ。
ならば、維持するしかない。
「こっちの側につきますよ」
僕は言い、狭い部分の左サイドにつく。
とにかく、ここに滞留させないようにスピール(案内)をかけるしかない。
「あっちはK谷についてもらうか」
K村さんは言い、去っていく。
さて、ここからが勝負だ。
この狭い通路を、パレードが終わるまで塞がないようにしなければ。
こちら側から入ろうとする方には、行ける場所とスプラッシュの入口があることを伝える。通り抜けたい方、スプラッシュに乗りたい方はここを通るように知らせる。
「スプラッシュ・マウンテンへお並びになりたい方は、この先のロープの外側を通った先が入口ですので、どうぞお進み下さい」
パーク内のゲストは、特に目的地もなく歩いていたりするもので、そう言う方へは、ここより他の場所へ移動してもらうよう誘導するのも有効だ。
「お通り抜けの方は、ここからウエスタンランド方面へ行けますので、立ち止まらずお進み下さい」
通路を、ある程度人の流入を制限し、通る必要のある人は通ってもらう。特に逆方向へ行きたい人は行かせない。また同じ道を引き返してくるからだ。
「ファンタジーランド、トゥモローランドへ行きたい方は、逆方向です。いったん通路を引き返して横断用通路が開くのを待って、パレードルートの反対側へお渡り下さい」
一方、反対側ではK谷君が配置につき、同じように不必要な通行をブロックしてくれる。おかげで僕の方へやって来るゲストは、極めて少ない。
こちらへ通って来る人が多いと、「なんだ、みんな通ってるじゃん」と思ったゲストが僕の案内を無視して強引に進もうとする。
しかし、反対側できっちりブロックしていると、あえてこちらから突破しようとする人もほとんど出てこなくなる。
通路確保は、入口と出口のコンビネーションが絶対不可欠なのだ。
★
通路の双方向から流れを整理している間、別のキャストがキューエリアの調整を行い、外側のラインに列を入れたまま、別の区画の一往復を空にする。
すると、狭い通り道の内側は人で満たされ、ロープの中へくぐり抜けるのを防げる。
狭い通路は何とか塞がずに、人一人が通れるくらいの隙間を確保することができた。
そうするうちに、待ちかねたパレードの最後尾が見えてきた。ゆっくりと通過していく最後のフロート。
パレードが過ぎ去ると、周辺の人々が、どっと押し寄せてくる。
スプラッシュ入口前は大混雑になり、列は再び急速に伸びていった。
僕らは入口付近の入場整理と列の伸びる方向が正しい方角へ向かうのを見届けた。
「いやー、(通路が)潰れるかと思いました!」
K谷君が、愉快そうに言った。
「二人ともお疲れさん!」
K村さんもやって来る。
再びキューエリア内はゲストで満たされた。最後尾もぐんと増え、日が傾くまではこの混雑が続くだろう。
★
だがこんなものでは済まされないのが、この当時のスプラッシュマウンテンであり、僕らはさらに手を焼かされることになる。
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