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帝国とアイドルと流れる血

洋ロック野郎の父には収集癖があり、部屋には大量のCDやらDVDやらが保管してある。曰くそこらのCDショップより品揃えがいいとか何とか。

ごく身近にCDがあるにも関わらず、中学生までCDは自分では買えないものだと思っていた。

買ってはいけないと言われた覚えはないのだけれど、父に好きな曲を聴いてもらった際「ドラムが弱い」と一蹴されて以来、父の眼鏡に適わない音楽をわが家に持ち込むことに怯えるようになった。

もしけちょんけちょんに言われたら?好きな気持ちがバッキバキに砕かれたら?そんな思いがいつもぐるぐるして、近くのレンタルショップで借りてきたCDを複製してもらうことが精一杯だった。


その思い込みが覆ったのが2017年の春。

当時お茶の間ファンだった嵐が出演するとのことで、わくわくしながらテレビの前に座っていた。なんでも新曲をテレビ初披露するとか。

静かに入ったピアノがリタルダンドしたところでホーン隊が加わる。キメ、グリッサンド、ゴージャスなイントロ。

なんだ、この曲は。

習い事のエレクトーンでよく弾いていたおかげでジャズを好きになっていたわたしはこの『I'll be there』に滅多切りにされた。どこを切り取ってもツボ。一瞬で大好きになった。一目惚れならぬ一聴惚れである。

もちろん5人のパフォーマンスもカッコよかった。ソロパートから始まり、ハモり、高音フェイク、聴きどころ盛りだくさんだった。ポケットに手突っ込んでステップ踏んでるだけなのに人間あんなにサマになるものなのか...

すぐさま録画した映像を見返してそのオシャレさカッコよさに痺れ、ため息をつき、カメラワークが空で言えるまでになった。その日はI'll be thereの衝撃がわたしを寝かせてくれなかった。完全に沼から抜け出せなくなっていた。

リピートし続け数日が経って、2番が聴きたくなった。2番を聴くためには嵐が音楽番組に出るかわたしがCDを買うかしか方法はない。でも買ってもいいのか?父に何か言われないだろうか?そもそもCDって高くないか?

やっぱり怖かったわたしは1ヵ月待った。CDの発売が4月17日。それ以降の音楽番組に出たらきっと2番も歌ってくれる。頼む、Mステ。

読みは的中し、発売から2日後のMステに嵐が出演した。Jr.と一緒に鏡を使ったパフォーマンスを、フルコーラスで披露した。自分でもいつこんなに熱を上げて応援するようになったんだっけ?と首を傾げるほどにテレビにかじりついて鑑賞した。なんかギター鳴ってない?1番と2番で微妙にバックの音が違うぞ...やばいなこれ好きだぞ...嵐かっこいいぞ...相葉さん黒髪めちゃめちゃ似合ってるぞ...

しばらくのうちはMステの映像で満足していたのだけれど、だんだんと欲がわいてきてI'll be thereをいつでも聴ける状態にしておきたくなった。CDを手にしたくなったのだ。

父が言った「ドラムが弱い」が頭をよぎる。でもI'll be thereは贔屓目取っ払っても凄く素敵な曲だと思うし、何か言われるのが怖いなら聴かせなければいいだけの話だし。とはいってもこの洋ロック帝国に日本のアイドルを持ち込めるものなのか...?

アルバムに入るまで待ってレンタルする?いつ発売されるか分からない。それに旧譜になるまで1ヵ月はかかる。借りるのは最悪年末になるかもしれない。そんなに待ちたくない。どうすればいい?


ひとりで悶々と悩み続けて数週間が過ぎたある日、母の携帯に伯母から連絡が届いた。

「りかこちゃん(仮名)が『誕生日プレゼント何がいい?』だって。考えといて」

「嵐のCD!『I'll be there』が欲しいです!!」

脊髄反射で答えていた。

突破口を見つけた。たとえ洋ロック帝国に君臨する者でも娘の誕生日プレゼントにまで口出しできまい。我ながら超冴えてる。天才じゃない?

母は「了解」と微笑んで、伯母に返事をした。

わたしのはじめて手にするCDが決まった瞬間だった。

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あれから3年。

部屋の棚のラインナップは教科書や自由帳からCDに変わった。

わたしは父を怖がり過ぎていたようで、全く別のジャンルの音楽作品を集めていても特別ケチをつけられることはなかった。寧ろこの曲のリフがいいとかワウあるじゃんとか、わりと肯定的な目で見てもらえている。曲を聴かせるときにギターが派手めのバンドものを選んでいるのが大きいとは思うけれど。

あるCDを3形態全て買ったという話をしたら、父は嬉しそうに「やっぱり俺の子だ」と呟いた。

血は争えぬ。


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