B面

さあ、よく見て。


蛇が言った。真っ直ぐに目を見つめてくる。私達はもうどちらも瞬きをしない。


よく見るの。目を逸らしてはダメ。わかっていたのよね?それが来るということを。それが来た、ということを。私たちはそれを知っていた。遅かれ早かれそれは来るのだ、ということ。そして…


それを使うのだ、ということ。


この道にはいつも試金石が用意されている。そしてあなたは悲しいことにそれがどのように用意されているのかを予感出来てしまっていた。私たちはそれが苦しい。それは避けられないのだ、ということが苦しいの。出来れば違う形で到来すればいいものを、そうすればただ耐え忍んでやり過ごせると思えるものを、それは必ずとても嫌な形、とても醜い形で現れる。吐き気を催す醜さで。あなたのその背骨をひとつひとつ砕いていくような苛烈さで。


待って。私に準備は出来てたと思う?私はそこを通過出来ると思う?どうしてこんな形なの。あまりにも醜悪だわ。


あなたにとって受け入れられなければ受け入れられないほど、それこそが扉なの。残念ながら。それは太古の昔から定まっているの。


蛇の目が黒く潤んでいく。


だから言ったでしょう?危険な道を選んだのだ、と。よく見て、と。ここからは一瞬一瞬が勝負よ、と。

そしてあなたは…言いづらいけれどとてもありふれた、ありきたりな扉を選びそうになっている。私が言えるのはここまでだけれど、それは言っておくわ。それはあなた達がずっと繰り返してきたことだし、あなた自身も知らない風景ではないはず。だからこそ根深くて厄介なの。そしてとても滑稽でもある。それが許せないのでしょう?この愚かしさが。自分の育んできたそれにそぐわない愚かしさが腹立たしいのよね?あなたの手元に用意されていた全てが泡になって消えたことが。それは自分自身からの裏切りにも思える。そうなのでしょう?なぜ、と。私がどうして私を幻惑するのだ、と。


蛇は続ける。


その扉は無限ループに陥るわよ。やめなさい。そこに進むべき道はないわ。あなたは幻想を見たの。あなたらしい描きかたで美しく彩られた。それが悪いわけではない。でも世界がそれを飛び越してきた時に世界にどう応答していくのか、その選択と創造のセンスがこの旅に問われていることなの。分かる?


……分かりたくない。今回ばかりは、分かりたくないわ!


蛇は動じない。


これを分からずして北辰には辿り着けないわよ。あなたの北辰に。……彼が悲しむわ。天底をご覧なさい。


そう言って更に両の目を見開き近づいて来た。

漆黒の闇。深い闇。吸い込まれた先に拡がるそれは時間と空間。宇と宙。闇の奥、数多の銀河の間を独り疾走している探査機がチラ、と粒のように光った。


彼は飛んでいるわ。まるで見当違いなところを!……でも、どちらが先に北辰に辿り着くと?このままではあなたはそこで彼に逢えないわよ。言っておくけれど、統合というのはとても難しいことなの。あなたが考えに囚われているうちは。それは“なる”ものなの。することではなく。あなたごと、すっかりそうなってしまうことなの。だから、決めてしまえば一瞬のこと。時には一番簡単なことだったりもする。決めるのは勿論あなた自身にしか出来ない。

私は気休めを言っているのではないの。あなたのそこでの時間はどんどん経過していっている。愚かな人間たち。でも仕方がないことでもあるわね。永遠を知ることが出来る人間はそうはいないもの。楔を打っておきましょう。あちらに行けば役には立たないものだけれど、こちらではまだ有効だから。

あなたはここにひとつのマイルストーンを据えて世界にそれを贈りなさい。そうして、少し……そうね、ほんの少しばかりゆっくりと休みなさい。起きたらもう一度扉を見つけるの。

あとは私たちがやっておくから。


蛇がそう言った瞬間、ブラックアウトした。





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