A面

さあ、よく見て。

目を逸らさないで。よく見て。何も怖いことはないから。


白い蛇が突然私の体に昇ってくるや、そっと肩に尾を巻きつけながら眼前に小さな頭をもたげ覗き込んできた。

驚いたがそんなこともあるのかな、と見つめ返してみる。おや、この蛇は睫毛があるぞ。この世のものではないかもしれない。しかし私はこの世ならざる者には慣れていた。蛇は長い睫毛に縁取られた瞼をゆっくりと閉じて開くや、こう告げ出した。



あなたに祝福を。これは世界から。この世の命全てから。あなたの開いた扉があなたに新しい道を示すでしょう。


そう言ってチロリ、とその赤い舌で私の眉間を舐めた。それは祝福の挨拶なのらしい。蛇の体は少しだけ冷たく、鱗に覆われた全身はまったきの白、両の目だけが黒く艶やかに光っている。


ではあなたにひとつお願いがあるの。

どうかその扉を完全にくぐり終わるまで閉じてしまわないで。そしてそこで起きていることをよくよく感じていて下さい。

あなたにこれから訪れる雪解け水の濁流を、避けるのではなく迎え入れて頭の先までしっかりと浸かりなさい。そして、あなたは魚になりなさい。その水にすっかりと身を任せること。水はあなたより強く、ずっと偉きいのです。なぜって、あなたはそこから産まれてきたのだから。だから決して水を御そうとなどと思わないこと。それは到底無理な話だから。

大丈夫。何も心配することはないわ、賢い人よ。あなたが要らぬ考えに囚われなければ。考え、というものに固執しなければ。

あなたの北辰をよく見定めておくこと。過たず、しっかりと見定めておくことよ。魂の清き人。

そうすればそれはだんだんと満ちてくる。

あなたのその胸の奥から。はじめからきちんと用意されていた泉の底から溢れてくるわ。それをどうか遮らないで。それを流れるまま、天に、地に、行かせて下さい。それがやがてあなたの行き先を示すようになるでしょう。あなたはそこで泳いでもいい。その川に舟を浮かべて行きたい陸を目指してもいい。

だからどうか。

この度はとても優しく。とても丁寧に。幻惑に囚われないで。あなた自身が作ってしまう幻想に逃げ込まないで。あなた自身と、あなたを満たす“それ”に導かれますように。


蛇は言い終えるとにっこりと笑い、私の頭をひと回り、抱きしめるかの如くその身を優しく這わせながら「予言は成就したわね」と耳元で囁いたかと思うとするするとそのまま足元に降りて行き、地面に触れるや消えてしまった。




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