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これはマスターセントジャーメインとのワークの一部の走り書き


思考とマインド

思考とはカタチを見つけ出すために機能する。
〇〇のためにある、というよりも
ただそう機能すると捉えたほうがベター。

マインドは常に感情という副交感神経(例え/メタファー)を同時に立ち上がらせるので、思考とマインドは区別したほうがベター。
そして今はまだ我々は思考とマインドがごっちゃになっている。

それはなぜ?……という探求は思考により検索可能となる。(哲学者/メタセルフ的の思考)
それはなぜ?→恐怖に反応することが常に前面に出てしまう。我々のなかにおいて、現状このエネルギー対比はマインド>思考となっているので、本人の状況が(当事者にとって)悪く、よって恐怖や不安のネガティヴエネルギーが発生しているときには純粋思考の、より精妙なエネルギー帯にある機能を働かせるのは難しくなる。
瞑想などで心を落ち着かせる意味はここにもある。
状態を整える、とはそういう意味で、その人のなかのエネルギーバランスを整えてからでないと、その人は思考を機能させることは出来ない。

なぜ?が、ぐるぐる思考となるのは、その人のなかでマインドによる重力場が発生していることにより重く下にひっぱられるから。

純粋思考的問いのなぜ?は重くない、とイメージしたらよりシンプルに我々は了解する。

⭐︎重い  や  軽い  は、抽象的にも使えるが体感(具象)とも共通の概念なのはとても重要なポイント。

追記あるかも?(2023/11/29 14:59)

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