質問

26℃に設定した空調の冷気が脚の表面を撫でてゆく。ベッドに長々と寝そべる私の、無花果の果肉色をしたシルクのショーツの裾が微かな風にひら、ひら、と靡いている。


私たちは行きつけのホテルの一室で月に一度のふたりの時間を愉しんでいた。

月に一度と決めたのはそれがどちらにとっても丁度良いと思えたからで、そこに落ち着くまでに半年は掛かっただろうか。気分とタイミングのままに会うことは私には心地良かったのだが、キチンと計画的に動きたい性分の彼が先に音をあげ、いくつかの話し合いを重ねたのちにこの形に収まった。

とは言え私たちは恋人同士ではないのだった。強いて言えば同伴者、理解者。単純に言ってしまえば友人ということになるかもしれない。

彼、その人を仮に「影」と呼んでもいいだろうか。

ちなみに影に言わせれば私は「天使」なのだそうだ。普段心の中で何と呼んでいる?と何気なく訊いて彼がそう答えたときは驚いて、そして少し悪いけれど爆笑してしまったものだ。天使。私のことを天使と思ってくれてるの?面白い。けど悪い気はしないわ。そう言って私は彼の脇腹をこちょこちょとくすぐってみせた。

しかし男の人というのはなぜこうもくすぐったがってくれないのだろうか。私がいくら不意をついてくすぐりをかけてもそれで身を捩らせるという期待通りの反応を示してくれる人にはお目にかかったことがなく、影もまた私が渾身のくすぐりをかけてもキョトンとした顔で「また例のヤツか」と困惑するばかりなのだ。

それでも私が諦めずにこちょこちょと華麗な指さばきを繰り広げていると、終いには気の毒がって(だと思うのだけれど)「ほら、こうやるんだよ」と私を小脇に抱え込むように取り押さえてくすぐり返してくるのだった。

私はくすぐりに弱い。

自慢じゃないが滅法弱い。

影に言わせればそれは私の身体が緊張しているからだそうで、普段から何某かの気掛かりを持ち続けているか、もしくは長い付き合いになるのにも関わらず私が未だに影に心をゆるしていないから、ということになるらしい。

「もし心をゆるしていないのだとしたら悲しい?」

いつだったかそう訊いたことがある。その時はなんとなくそう訊いてあげたほうがいいような気がしたのだ。

影はしばらく考えて答えた。彼はどんな質問にもちゃんと答える癖がついていた。ちゃんと、と言うのは自分のなかに一度質問を納めたのちに彼自身と心の中で向き合ってそれなりに時間をかけて検討し、場合によっては議題持ち越しとなるほど入念に考えをめぐらせ(それだから私たちの逢瀬のタイミングもなかなか定まらなかったのだ)いい加減に返事をする、ということが出来ない人間なのだった。誠実と言えば聞こえはいいし、すべてが脊髄反射で壁打ちみたいな返答を寄越すひとなんかに較べたらずっと素敵だけどもうちょっとカジュアルに答えてくれないものかな……なんて風には、私も言わない(思っていても)。だってそれが彼なのだから。

それで、私の質問への答えはこうだった。

「悲しいというのとは違うけど、申し訳ない、とは思うかな。」

「申し訳ない?どうして?」

また少し時間をおいて影は答えた。

「僕は君といてこんなにくつろいでいるのに君だけが緊張しているとしたらフェアじゃないからさ。」

「ふぅん。なんともあなたらしい考え方ね。」

「君はどうなの?緊張、してるの?」

私もそのときばかりは影を見習ってちゃんと考えて丁寧に答えた。

「どうだろう。改めてそう言われたら緊張してるところもあるのかな。自分では全然そんな気はしていないのだけど。あなたのその説が正しいかどうかにもよるだろうし。単に私の体がそういうモード設定なのかもしれないし。そういう可能性だってあるでしょう?私だってあなたといてくつろいでいるもの。それにそうだ、私、もし緊張が関係していたとしてもくすぐったいと感じるのを止めたいとは思わない!」

答えながら考えがまとまってきて最後にそう宣言すると、とてもすっきりとした気分になった。

「そうか。うん、分かった。」

影も私の気合いにつられてすっきりとした表情でグラスの水をひと息にあおる。

「じゃ、食事しに行こう。」


夏は油断するとすぐに終わってしまう。私たちは冷たいメニューの得意な店を見定めていて、今年はこれが最後かもしれないね、などと言い合いながら早足でディナーに向かうのだった。






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