タイムマシンにお願い

オーディションが終わっていそいそと池袋駅の西口側にあるドトールへ。


ここはマイ・ファースト・ドトールである。

私とドトールの出会いは大学進学で上京してからのことで学校の行き帰りに立ち寄るようになった。

記憶力の悪い私は初めてのデートのことも、それがいつでどんな風であったのかなどさっぱり覚えていないけれど、実は記念すべき私のファースト・ドトール体験のこともさっぱり覚えてはいない。田舎者で奥手で池袋の色々にいちいちびびっていた私がドトールに入ったのはおそらく誰かに連れてきてもらってのことだったろう。サークルの師匠(師弟制度のあるサークルだった)だったかな?でも、思い出せない。

ただ、クラスの友達やサークル仲間と立ち寄る大学周辺の喫茶店(当時はまだカフェという呼び方は定着してなかったと思う)とは別に、ひとりで過ごす息抜きの場所“外にある自分空間”として気付いたらドトールを愛するようになっていた。

なかでもこのマイ・ファースト・ドトールは初恋の人的位置を占めていて殿堂入りを果たしている。

正直、この店舗よりキレイで居心地もよい店舗は他にたんとある。でも、やっぱりここは私にとっては特別な存在なのだ。多分、死ぬまで。

20年以上経っても(あまり)変わらぬ風景をウインドー越しに眺めていると、あれ、20年も経ったかな?と不思議な気分になる。結婚?子供とか産んだっけ?大好きな父も亡くなって私は離婚して……って、誰の話?という感じだ。

学生の頃の、あのやたらにミニ丈のスカートや高いヒールの靴を履いて、目指すものはあるけれどいつも所在不明な焦燥感を胸に理想の自分とやらを漠然と追い求めていた自分と、今の私がここでお茶したらきっとあの子は気絶するだろう。

あまりに理想と違って!

怒るかもしれない。なんでそんなにのほほんとしていられるの、と。なるべきものになっていないくせに!と。

なんでだろう?

でも仕方ない。そこにいるアナタはとても若くてピカピカしているけれど心の覆いはカチコチしてるでしょう?先人達がよく言うことだけど、やっぱりこれが大人になる、ということなのよ。すごいのよ、大人って。平気になるの、自分のことが。色々と。平気なばかりではないけれど、でも受け止められるようになる。

色んなことが起きるのよ、これから。自分が何か分からなくなることもある。思いっきり否定されたり、自分自身で否定したり。そして自分を探しに出かけ始めたり。周りの人がいちいち素晴らしく見えて卑屈になったり、その反動で自分の凄いところを見つけようとしたり。運や才能に恵まれた人達があまりに沢山いるからかえって絶望したり。疲れてただただ怠惰になったり。

その全てが(多分全てが)光と闇の両面を持っていて、そのコントラストの洗礼のなかを進むしかないの。そして仕方のないことに、そしてありがたいことに、死ぬまでこうやって生きるしかない。

見た目は変わっても中身はあんまり変わらないのよ。これはきっと……世の中の誰もがそう。“感じる”という部分はね。考え方は変わったりするかもしれないけれどこの世での自分を始めた頃からの感じ方の部分はきっとそんなに変わらない。変えようとしない限り。変えようとしても変えられるのかな?それはまだ私も分からない。

アナタと私で違うのは、ひとつ、お母さんという生き物に変容したかどうかぐらいだけど、それだって本当はあまり変わりゃしない。お母さんは自然になれるものじゃなく、なっていくものだった。だから産むか産まないかではなくて、お母さんをやるかやらないか、のほうが正しいみたい。

預言者のようにアナタに役に立つ何かを言えたらいいのだけれど、あいにく私はそこからここまでの行程のどれひとつも取りこぼしたくないみたい。嫌なこと、冴えないことだらけの日々が続くことは知っているけれど、どのポイントも逃してはいけない気がする。あの時の嫌な自分もずるい自分も優しかったり気高かったりした自分も、すべて通ってきての今日のこのドトールタイムなのだとしたら。

怒らないでね。でも泣きたくなるわ、これからアナタが辿る色々を思うと。仕方ない。これも大人だからこそね。あのね、イマドキは頑張れって励まさないのが主流なの。でも頑張りなさいよ。ちゃんと周りの人を気遣ってね。アナタはこれから愛を学んでいくのよ。今のアナタははぁ?と思う言葉でしょう。痒い?そうね、アナタにしてみれば痒くなるような言葉よね。知ってるわ、自分のことだから。でもそれがこれから一番大切な言葉になっていく。….鼻で笑わないの!そういうとこよ!これは真面目な話、一番、そこが課題となっていく。あらゆる面で。

でも、まぁやっぱりまだアナタはそこであれるようにあるしかないわよね。頑張って。20年後にまたここで会いましょう。


……は。

白昼夢もいいとこだけれど、いつの間にか昔の自分とお茶している気分になってしまった。

我ながらなんて偉そうなんだろう!…でも、それでは20年後の私は今の私を前にしたらどういうことを話してくれるんだろう。

20年後にもまだこのドトールがここにあったらひとりでやって来て今日の私を召喚してお茶してみよう。


そうか。

私にとってドトールはタイムマシンでもあったのか。






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