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仲正イチカはついてないから笑う ブルーアーカイブイベント「Trip-Trap-Train」感想




 「新幹線に乗って、指定のトランクを持ち去るだけ。東京で乗って、上野で降りる。簡単でしょ? ああ、何て顔してるわけ。あのさ、ほら、いつも言うようにもっと笑ったほうがいいよ。君、笑うと優しい顔になるし」

ついてないから笑う(伊坂幸太郎)


 ここのところコーラル風呂に浸かって「思うこと…」したり宇宙を股にかけてコロニー連合警備兵の足にタコができたことを聞かされたりしていましたが、気づいたらブルアカに新イベントが実装されていました。これが予想外に好きなタイプの話だったのでひさしぶりにブルアカの感想書こうかなと思います。

 本記事はイベントのネタバレを含んでいますので、読むのを避けていただくかイベントをクリアしきってから読むことを推奨します


トリニティがトリニティしてんなぁ

 そんなわけで始まったTrip-Trap-Trainですが、まあトリニティ的な理由で始まりましたね…。

 「さいきん発言力が危ういから古代の遺物で自分らの血統を証明しよう」ってのはナギサの迂遠な悪い癖というか、ティーパーティーの思考回路というか…。
 まあティーパーティーがないとこんなマンモス校は永遠にまとまらないので、キツい立場を買って出てその維持に奔走しているという意味では偉いですけども。

 そんな契機とは打って変わってイベントそのものは痛快なアクション群像劇で良かったですね。
 ブルーアーカイブは生徒の心情や関係性にフォーカスしたお話が多いのですが、今回はブレットトレインを下敷きにしつつ駆け引きを描いていて読みやすかった。複数の視点から利害関係を描き、イチカにどこの勢力を選ぶべきか迫るという筋書きはガイ・リッチーのスナッチのように読み手をヒリつかせるものがありました。


カスミという一流のテロリスト

 ゲヘナといえば飲食店を日常的にぶっ飛ばしたりするとんでもない問題児がゴロゴロいる学校なのですが、そのなかでも度々顔を見せつついままで深く関わらなかったカスミに掘り下げがあって面白かった。



知能犯じゃんこいつゥ~~~~!!!


 温泉開発部とかいう爆薬をしこたま使うための言い訳みたいな部のイカれた部長なのでどんな脳筋かと思いきや、とんでもね〜アジテーションをかますテロ指導者だった…。



 カスミについて驚くべき点はたくさんあるものの、まず順に追っていくと「協力関係の築き方」がうまい。とてもゲヘナの生徒とは思いがたいですね。

 カスミがとんでもないのは、まず状況を整理するときに自分の都合の良いように説明し、あたかもそうなっているように見せかけること。そして、あくまでウソはついていないということですかね。

 「列車が止まらないのは困るだろう、荷物が見つからないのは困るだろう。車両が横転するのも嫌だよな。だから私と一緒に先頭車両に行こうじゃないか。降りるまでは私たちの目的は一緒だ」と言っている。ここまでで安易にウソをついていない、というのが恐ろしい。
 相手との協力関係を築く中で、ウソをついたりハッタリをかますとあとあとボロが出たときに困るわけです。ウソがバレないように振る舞いを取り繕い続けねばならないため、終始ああじゃないこうじゃないと自分がついたウソの"設定"を守らなければならない。そのへんカスミは、ウソをついてはいないので相手の信用を失うリスクを低く抑えているんですね。

 ただここで一番底知れなさを感じるのは、カスミはどうとでもとれる約束しかしていないということ。
 「降りるまでは協力関係になろう」と言っているし、「カバンを取り戻したいんだろう?」とは言っているが、はい私がカバン探しを手伝いますよとは一言も言ってないわけですね。
 だからカスミは別にトリニティのカバンを盾にして協力を強いてもいいし、ふたたび協力関係を結んでもらえれば「私はウソはついてないだろう?」「まぁいいじゃないか!結果的に私がカバンを取り返したようなもの!私達は仲間じゃあ〜ないか!!」といくらでも取り繕えるんですね。
 先生知ってるよ、こういうの。よくやる人たちがいるんですけどね。ヤクザの手口っていうんですよ。


他人を手玉に取る方法を心得ている


 カスミは天然でやってる可能性もあると思うんですが、イチカを煽ってみたり、かと思えば下手に出て褒めたり、平和的に協力しようなんてコロコロ態度を変えてくる。


 「情報操作ってやつか」
 「あ、おじさん、よく知ってるね」王子は優しい笑みをまた浮かべる。「でも、それだけじゃないよ。情報に限らない。人間の感情なんて、玉突きみたいなものだから、誰かを不安にさせたり、恐怖を与えたり、そうじゃなかったら怒らせたり、そうすることで特定の人間を追い詰めることも、祀り上げることも、無視させることも、簡単」

マリアビートル(伊坂幸太郎)

 これ、怖いよなぁ〜〜……。
 本当だったら正義実現委員会であるところのイチカは、いの一番にカスミを撃ってなきゃいけない立場だった。けどカスミは「気に入った!」などフレンドリーな態度をとって先手を打ってきたので、カスミが要注意人物だとわかるころにはもう協力関係ができてしまい、問答無用で撃つというわけにもいかない。

 まずイチカを褒めて無害であることをアピールしたのち、今の状況を説明しながらお嬢ちゃん呼びしたりとイチカがイラッと来るナメた言動で怒らせる。頭に血が上ると人間あれこれ深く考えることができなくなるので、ほどよくカッカしだしたところに乗りやすそうな提案を差し出す。
 とはいえ目的は同盟という名の手駒確保なので、そのあとは謝ったり相手を褒めて自分に敵意が向かないようにケアをする。さらに保険として「私を撃ったりすれば列車ごと荷物が粉々になるけど、ええかな?」とさりげな〜く裏切れないように脅しをかけている。なかなか怖いモンを見せられてますよ、我々は。う~ん、スジもんのやり口!



 アホのフリをしているくせにその実切れ者で、やっていることは極道ですからね。怒らせ、なだめすかし、相手の判断力を鈍らせたり良い奴だと思わせたりする。わざと作っておいた約束の穴をついて、いざとなったら脅す。立派な悪の巨魁ですねぇ…。

 最初は小柄で生意気そうな子がドスの効いた声で喋るのか?と思いましたけど、こんなやべぇやつのボイスは上坂すみれしかできねえよ!という印象になりましたね。


仮面の下のイチカ

 イチカはなかなか要領のいい子で、なんでも手を出してみればそれなりにこなせる才能があれども自分の中に熱意がない…という省エネ主義。それを隠して人付き合いの良いヤツの仮面を被っているのですが…。


 実際のところ、あくまで物事を我慢して温和な性格を演技して上手くやっているだけで、なおかつなにかに本気になることへの憧れも持っている。誰にも言わないものの本心では自分が冷え切っていて、なんでも如才なくできるけど人間としては欠けたものがあると知っている。自分のなかの非人間的な空洞を自覚している。それをなんとかしたい、という願いも込めて仮面を被っていいヤツのふりをしている。


 ここのカスミは信用を勝ち取るために適当言ってるかと思いきや、イチカの人となりを知ってから振り返るとかなり正鵠を射る意見だったんですね。
 直後にイチカ自身が反対の立ち位置だと言い返しているんですけど、「君も方向性が違うけど普通の人間と違うことはわかってんだろ?」という大枠の構造ではカスミの指摘は正しい。一皮剥きゃあアタシら同じモンスターじゃねえかってことですね。構図でいうと言峰綺礼が衛宮士郎に「おめーも普通の人間やれてるわけじゃねえだろ」って言ってるような感じ



まあこういう構図でもある




天道虫、飛ぶ

「そうそう。七尾君はさ、飛んじゃうらしいのよ」
さすがに蜜柑も返事に困った。「飛べる人間がいるのか」
「いるわけないでしょ、蜜柑、あんたは本当に真面目だねえ。比喩よ、比喩。追い詰められると、頭がぶっ飛んじゃうってこと」

マリアビートル(伊坂幸太郎)

 結局カスミに振り回され、イオリが突入し、イチカはストレスの限界を迎えてブッ飛んでしまう。カスミの読みはよく当たっていたということですね。これが隠していた本当の仲正イチカなんだよ、というシーン。

 飽きっぽく、あまり気が長いほうではない自分の姿を必死に覆い隠そうとし、くだけた敬語で親しみやすい自分を演出する。周囲とうまくいかないのを避けるために、糸目を貼り付けて笑った顔をしている。そしてその事自体に悩むだけの善性も持ち合わせている。
 ある種、不幸ですよね。自分でも違和感を感じているのにイチカは要領がいいから仮面をかぶることも上手にできてしまうんです。粗雑な本性がバレないどころか温和なふりが上手すぎて人と人のあいだに入って仲を取り持つことすらできてしまう。仲裁をよく任されていて親しみやすいのは他人の懐に潜り込むのがうまいということでもあります。悪用すれば、まるでどこかの指名手配犯そっくりな扇動ができてしまうかもしれませんね?


それもある種の誠実さだと思いませんか

 ただ、そこで分岐点であったのが先生という存在。数々の大事な岐路に居て言葉を掛けてきただけあって、イチカに対しても適切に相手を見て答えを出している。

 たとえそれが仮面であったとしても、よくなりたい、そうなりたいと思って自分を変えようとしているならそれは間違いじゃない……と言っている。なりたい姿になるために自分を偽ることってそんなに悪いことだろうか、ありのままを見せるだけが良いことなんだろうか、って問いかけですよね、これは。

 他のタイトルの話になってしまうんですが、アークナイツでも「自分の血塗られた過去を隠していても、それが優しさと誠意から来るなら信じてやりたい」という話をする一節があります。
 嘘であっても、ニセモノであっても「本当にそうなりたい」と思って振る舞っているのなら、その努力を無理やり剥ぎ取って「お前は化け物なんだ」なんて言う必要ないじゃないかという視座が両者に共通して現れているのはなかなか興味深いですね。

 そして先生はイチカが何度も失敗して自分を変えられなかったにしても、そうなるように努力していたことを認めている。ジョジョ第五部の警官じゃないですけど、理想に向かい続ける意思があれば少しずつ前には進んでいるわけですから。
 ましてやまだ16歳の子供でどうにでもなれる時期ですから、教師として子供の意欲を折らないようにしたのは素敵な対応でしたね。


弾丸列車の果てに

 イチカの任務はメチャクチャな過程をたどることにはなりましたが、先生と一緒に事なきを得て幕を引きます。よかったね。


 今回もいいイベントでしたね。カスミというイカれた女に引っ掻き回される派手な群像劇というかたちで明るくまとめつつも、イチカの抱える悩みといったウェットな部分もあり読み応えがありました。
 短絡的で衝動的で粗暴な自分の性質を、なんとか善くなりたいとあがいて優しく振る舞おうとするイチカにはおれも考えさせられるところがあります。

 個人的などうでもいい話ですが、おれは昔から運がないのか「自分のSNSのアカウントを現実の仲良くない人たちに特定されてオタク話してるのをからかわれたり嫌がらせされる」というアクシデントが学校や職場で何回かあったので、そういうめんどくさい出来事(人々)を避けるために本当に思ったことを言えるアカウントと外面的に見せても良い公開用アカウントを分けて運用していたりしています。そのことについて「それでいいのか?」「なぜ本当の自分を堂々と外に出しちゃいけないのか?」と悩むことも幾度かありました。
 今は折り合いがついていますが、あらためてイチカのような人を見ると勇気づけられるというかシンパシーを感じるところがあって、人間的に好きですね。人はみな、見せたい自分を見せていいし、社会と戦うために仮面を被っていいし、いまの自分の内面と苦闘しながらなりたい自分を目指していいんだぜという気持ちになれる。

 まあ自分のなりたいようになれるか、人生トントン拍子で上手くいくかというと大概そうはならないんですけど、それでも自分を抑えて優しく振る舞っていることが伝わる人には伝わるし、うまくいかないことを予期して備えることはできるようになっていくので、ついてないときでも少し笑えるようにはなるかもしれません。



 自動改札口に切符を入れ、通り過ぎる。が、その途中で、警告音が鳴り、背の低い扉が閉まった。
  近くにいた駅員がすぐに寄ってきて、切符を眺め、首を傾ける。「どこもおかしくないですけど、何ででしょうね。念のため、一番端の改札を通ってください」と言ってくる。「こういうのは慣れています」七尾は自嘲気味に顔を歪め、切符を受け取っ た。

マリアビートル(伊坂幸太郎)

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