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memory..2020.1.8~1.9

目的を見失っていたnote…
突然記しておきたいことができたので、
今後の為に書くことにしました。

START⏩母が倒れて1日目~2日目。
2020.1.8(水)
20:30頃、帰途に父より連絡がある。
『お母さんが倒れた。』

私『え?今はどんな状況??』

携帯操作に慣れない父からの返事が遅く、
(電車の中だったので電話に出られず、メッセージでやり取り。)
心配な気持ちでいっぱいになる。

それから10分後…
降車駅に到着したので折り返し電話。
誰がどうしたのかだけわかったが、運ばれた病院が
わからなかった。

付き添ったのが兄だと教えてくれたので兄に電話。
兄も私に連絡しようとしてたらしい。
病院と状況がさらにわかった。
何かあると良くないのでその足で病院に向かう。
兄と私の分のお茶と軽食を携えて。

21時頃、病院到着。
まさかの直前まで一緒にいた知人の方々が付き添いまでしてくださっていた。3名。母の人徳だろう。

兄、母の知人3名、私は家族待合室で処置が
終わるのを待つ。

待っている間…
知人の方々が母の頑張り屋さんの一面や想いが
強い一面を話してくださり、ご自身のご家族との
経験も交えて励ましてくださった。感謝しかない。
本当に母の人徳。

22時半頃、処置と検査(1時間)が終わる。
家族である兄と私が先生から呼ばれ、説明を受ける。

検査結果は。。。くも膜下出血。
頭が真っ白になった。想像もしていない。
泣きそうになるのを我慢。
本人が一番大変。しっかりしなきゃ!!!

手術前の検査やこれから行う検査の後はすぐ
緊急手術になる、等の説明を受け、同意書に
サイン。
え、もう何枚書くんだ笑

説明を伺って、何が起きてもおかしくない状態で
あることを理解しました。
手術する時は皆そうだね。ここで覚悟した。

でも。
母は何事にも立ち向かい、たくさん戦い抜いてきた。
信じよう!!!今はそれしかできない。

母が手術前の検査に向かう。
少し顔を見れた。
が、先月のZENさんのことがリンクしてしまう。
『このまま目を開けなかったら…』
『今朝話したのが最後になったら…』
と不安でいっぱいになり、声を掛けられなかった。
とりあえず、無事に帰ってきてーー

検査は1時間、緊急手術は5~6時間。
鬼の待ち時間。不思議と時間が経つのが
早かった。

この間に入院手続き等を行う。
本当に何枚も同じこと書くーー。
母は救命救急センターにいるのでそこに
向かい、家族控え室で待機。
2人で待つ必要もないので一旦私は帰ることに。
23:45頃のことだった。

2020.1.9(木)
帰るにしても。。。
行きは最寄り駅からタクシーで来たので
現在地がわからなかったけど、この帰り道。
泣いた。感情が抑えきれずこっそり。
ひとりの時以外は泣きたくなくて。
また。。。不安な気持ちが襲いかかってくる。


お母さん。。。
(…思い出しただけで涙出る笑)


30~40分で自宅に到着。
もう何をしたらいいのか。。迷子な感じ。
とりあえず、母が作ってくれたトマトスープを
少し食す。残りは冷蔵庫へ。

その後は横になるが寝れない。
3時間後には再度病院だから束の間の休息。。。。うん、涙しか出てこない。
自分の部屋で思いっきり泣いた。泣いた。

いつの間にか寝てた。泣き疲れ。
でも、30分しか経ってなかった。

朝4:10頃、病院へ出発。
。。。と思ったら父が
『俺が行くからいいよ、休んでないでしょ?』
体調崩しちゃうから、と。
行ったとしても、手術後は入院に必要なものを
揃えたりするだけだから午前中には戻ると告げて
急いで病院へ戻った。

外に出たら、強風。
しかも、向かい風。
そこまでも試練なのか…!!!笑

朝5:00頃、病院到着。家族控え室で兄と合流。
まだ待ちそうかなー
自宅で起きたこと等を兄に話していたら
1時間半経過。まだかなまだかなまだかな。

朝6時半過ぎ、テレビ観賞。
と思ったら…空がオレンジになってた。
日の出かーー。時間の経過を感じる。
父から連絡が来てから10時間。

時間が経つのが早い。
でも、まだ手術は終わらない。
予定より長引いたら何かあったと思ってしまう。

もおーーー!!!お願い。
早く終わって。無事にね^^

朝7時半頃、看護師さんから手術が終わり、
術後の検査をしてるとのこと。
『あーよかった!無事に予定通り終わって。』

朝8時過ぎ、呼ばれて先生からの説明。
手術は無事終わったとのこと。
ただ、予断を許さない状況は変わらなかった。

・倒れた時の出血はなんとか止められた。
・動脈瘤が破裂しないようにクリップをつけた。
・が、動脈瘤に血管があり、そこをクリップで
塞ぐと血液の流れを止めてしまう為、支障を
来さない程度にクリップ止め。
・そして、その近くに新しい動脈瘤発見。
(現状の症状が落ち着いたら治療した方がいい
とのこと。新たな問題。見つかっただけよかったね。
いつ破裂するかわからないからリスクはリスクだけど。)
・脳に流れた血液を排出する治療はこれからで
脳に管を設置したのでそこから外に出していき、
2週間の経過を見る。
・この2週間は血管が細くなるので、この2週間を
如何に乗り越えるか。勝負!!
・脳には水が溜まる部分があるが、そこの循環が
できておらず、溜まりやすい状態になっていた。
水頭症のこと。これも管を設置したのでそれで
循環を良くする。

予想以上に酷い。
本当に頑張り屋さんなんだな、究極の頑張り屋さん。
やっぱり、適度な休養は必要なんだと痛感。
ごめんね…気づけなくて。

8時半頃、母と面会。
眠っている。沢山の管に繋がっている。
人工呼吸器に生かされている。

衝撃的すぎて。。。
昨日は普通にしてたのに。。。
笑顔で話してたのに。。。
数時間でこうなる??!!
何がどうして。
もう言葉にならなかった。
またあの不安感に襲われる。
『このまま起きなかったら。。。』

話すこともできないので長居せず。
一旦二人とも帰ることに。
兄は救急車でしたので現在地わからず。
さっきの私と同じ状況。
少し話ながら帰った。
個々に複雑な感情を抱えながら。

朝9時過ぎに自宅に到着。
父に詳細を説明し、束の間の休息。
ぼーーっとしたり、泣いたり。
それでも食べなきゃと思い、
残ってたトマトスープと春雨サラダを少し食す。

15時頃、再び病院へ。父と叔父と。
病院で入院に必要なものを揃えた。
二人は母の状態を見るのが初めてなので
救命救急センターまでご案内。

母と面会。朝と様子が違った。
看護師さんの話によると。。。
痛みに反応する、痰が詰まると目を開けたり、
足を動かしたりするとのこと。
ただこれは意識が戻った訳ではない。
まだ受け答えはできず。
腕や顔を触ったら温かかった。

生きてる…!!
生かされているのかもしれないけど
それだけでも嬉しかった。
喜ぶのはまだ早いですけどね。
結果論、もしがっかりしたとしても
その時の私にはすがり付きたいくらいの
希望の光だった。

このままがしばらく続くかもしれないし、
良くなるかもしれない。
それは誰にもわからない。
ただただ。。。母の生命力を信じてる!!

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