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読書の遍歴を整理してみる(大学生編)

昨日,仙台をぶらぶらしながら,あー,そろそろ読書のこと整理しないとなー,ボケてからじゃ遅いもんなーということで,ちょっと整理してみることにした。

1 村上春樹にはまる
高校卒業直前まで,具体的に言うと,センター試験が終わるまで,自分は一般的に言う「読書」とは無縁だった気がする。まあ,本屋にはよく行っていたし,まんがはたくさん読んでいたから,「近くて遠い存在」みたいな感じかも。
で,ある日ブックオフで村上春樹の「ノルウェイの森」に出会う。あの素敵なクリスマスカラーの上下巻がたーくさん並んでいた。(あー,当時からジャケ買いする人だったんだなーと改めて思う。)
ただ,作家さんの代表作からいきなり入るのもナーとよくわからない気をおこして,買ったのは,「ダンス・ダンス・ダンス」。で,はまる。たぶん次に読んだのがねじまき鳥(あー,これも装丁がきれいだった。)。
で,当時まだインターネットがさかんじゃなかった(黎明期だね,まだテレホーダイとかあったもの)から,作家さんの作品を年代順に読もうと思うと,ムック本に頼るしかなかった(ちなみに,ムック本ってMagazineのMと,Bookのookをあわせた造語なんだって)。で,買ったのが,久居つばきさんの「ねじまき鳥の探し方」。たぶん,この本との出会いもよかったんだとおもう。だから,順番に読むことができたんだと思う。(ワタナベトオルという名前はどうなの!?っていう節はいまだに覚えている。)

で,大学に入って,通学時間が往復3時間くらいになったから,これ幸いとばかりに,バイト代で本を買う生活。風の歌を聴け,1973年のピンボール,羊をめぐる冒険,と来て,たぶん,このタイミングで,「ノルウェイの森」を読んだんだと思う。一瞬ネタバレするよ。(一応改行)

たぶん,これ以来,突然人が死んでしまうお話に多く出会うことがすごく増えた気がする。このあとの江國香織さんとかね。昨日読んだ,「デカルトの憂鬱」にも書いてあったけど,死について語ることは,生について語ることとと一体なんだと思う。そして,誰にでもいつか(おそらく唐突にあるいはゆるやかに)おとずれる死だから,生を描くには,必要な描写なのかもなーと書きながら思った。

で,ここで,安保問題に触れたことが,のちに,笠井潔さんとか,大塚英志さん,吉本隆明さんを読むことにつながっていたのかも。

あとは,エッセイが好きで読んでて,そこから英米文学も読むようになる。(けどフィッツジェラルドをまだ読んでいないという…。)
オースターとかが好きでした!

当時は,1日1冊くらいのペースで読んでた気がする。暇さえあれば読んでいたかも。で,当時面白くないなぁと思ったあと,じわりとハマる本も出てくる。自分にとってのそれは,「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」いいところで切るなよなーとかぶつぶつ言いながら読んでいたと思う。でも,あとになって,これって,すんごい近くにある遠い場所の話をしてるんじゃないの?と遅ればせながら気づけて,それがはまるきっかけになった。

夏の暑い仙石線で,ねじまき鳥の2巻を読んでて,あと数ページで終わるというときに,列車が石巻駅について,でもそこで終われず,真夏のホームで読み終えたこともあった。プールで空を見上げるシーンで終わるんだけれども,あの瞬間,シンクロを感じたなぁ。

そんなこんなで,春樹さんでした。我ながら,いい入り口から入れたなーと思う。

あと,文章を書くときも,なんとなく似た文体になってしまっていた時期があったと思う。あの体験で,読書は作文に生きるということを学んだんだと思う。

2 江國香織さんとか
それと,ほぼ並行して読んでいたのが,江國香織さん。
入り口は,「冷静と情熱のあいだ」
2冊とも持ち歩いて,交互に読んでいました。
本屋さんのCMで流れていて,おもしろそうだなーと思って買ったのだけれど,本当によかった。(あ,この時期に「スプートニクの恋人」も読んでいたと思う。)
自分の中で,江國香織さんは「書き出し番長」笑
だって,書けないよ!あんな書き出し!!

 阿形順正は、私のすべてだった。
 あの瞳も、あの声も、ふいに孤独の陰がさすあの笑顔も。
 もしもどこかで順正が死んだら、私にはきっとそれがわかると思う。どんなに遠く離れていても。
 二度と会うことはなくても。(冷静と情熱のあいだRosso)
 引越そうと思う。
 そう聞こえた。
 「え?」
 私は本から顔をあげ、体をねじって健吾を見た。健吾はおそろしくまじめな顔をしている。
 「どこに?」
 訊き返した私の言葉が呑気だったのは、それがまさか健吾一人の引越し――私たちの別離――の話だとは考えもしなかったからだ。私たちが一緒に暮らし始めて、すでに8年がたっていた。(落下する夕方)
世の中でいちばんかなしい景色は雨に濡れた東京タワーだ(東京タワー)

惹きつけられるんだよねー。
読んだ順は,冷静と情熱のあいだ,ホリー・ガーデンの順だったと思う。
で,落下する夕方を読んで,(あのページで)落下させられて,で,短編というものがおもしろいと思えたのも,江國さんのおかげかも。

3 ブギーポップは笑わない
この時期,どさどさっと新しいものに出会う。ラノベに出会ったのもこの時期。
きっかけは,先輩から紹介してもらったこと。こういう文章の書き方があるんだーとめっちゃ感心したのを覚えている。再アニメ化たのしみ。(余談すぎるけれども,メガネっ子が好きになったのは,末真和子のせいだと思う。)

4 森博嗣とミステリィ
たぶん,1年生の夏くらいだったと思う。
それまでは,推理小説ってなんだか暗いイメージだったのだけれども,某ダ・ヴィンチ誌で紹介されていたのを見ておもしろそうと思い,「すべてがFになる」を文庫で購入。
「貴女に残された時間は、あと十七分と四十秒よ」の1行に,もうやられる。
ミステリィ(森表記)の良さは,想像力が膨らむこと,伏線の面白さを知ることができること。会話を楽しむことができることなどなど…。
そこから派生して読んだのが,京極夏彦さんや,二階堂黎人さん,綾辻行人さん,島田荘司さんなどなど,京極さんのブックデザインに感心し,あの厚さ(鉄鼠の檻以降,文庫本1000ページ超え。持ち歩くのが大変だった。)を文庫にするということに驚き,なぜ1冊にまとめるのかを知り感心し,フォントが違うところに驚き…読書の幅が広がったなぁと思いました。

そうそう,あと「新書版」の存在を知ったのもこの頃。ちょうど「夏のレプリカ」が文庫で出るか出ないかくらいのタイミングだったので,いや,出ていたか?「今はもうない」あたりから,新書で買っていた。これもブックデザインがさぁ(以下略)

5 笠井潔・大塚英志・吉本隆明と60年台安保
そんな,森先生の本(ブログ)の中で知ったのが,笠井潔先生の矢吹駆シリーズ。「バイバイエンジェル」でドキドキし,「サマー・アポカリプス」でハラハラし,「薔薇の女」でびっくりし…

ここで,哲学に出会う。笠井先生のお話には,1冊1冊,モデルとなる哲学者がいて(ヴェイユとか,バタイユとか,ハイデガーとか),そこから哲学っておもしろそうとなって傾倒していく(次節で書きます)

で,笠井先生が書いている「テロルの現象学」という評論にも手を出した。そこで出会ったのが,吉本隆明さんの「共同幻想論」とヘーゲルの「精神現象学」,ニーチェの「道徳の系譜」,埴谷雄高「死霊」などなど。これらが引用されているの。
何しろ,「テロルの現象学」に何が書いてあるかわからない,だから,引用元を探るけれども,何が書いてあるかわからない(以下略)

でも,それが楽しかったんだよね。わからないことを楽しめるのは,読書があったからだと思う。そして,ある日,まったく違う方向から,「あ,これってそういうことだったのか」ということに気づける。きっと,「わかんなくてもいい」と思いながらも,頭の中はそうじゃないんだなぁって。

そうこうしているうちに,たまたまその時期読んでいた「多重人格探偵サイコ(まんがも小説も)」から,大塚英志に入り,「彼女たちの連合赤軍」から,60年台安保について知りたい欲が加速していく。立松和平「光の雨」とか。
気になったのは,どうして彼ら彼女らは…という心理,特に集団心理。自分たちと同じくらいの年の人が何をしたかったのか,なぜ,そういうことになったのか,そこに興味があったんだと思う。最近改めて紐解きたいと思っているのです

6 現代思想の冒険者たち
うちの大学,図書館だけ…失礼,図書館も素敵だったのだけれど,数学のレポート書き終わったあととかによく1階に下りて(自然科学関係の本は2F,人文科学・社会科学関係は1階にあったのだ),哲学関係の本を読んでた(だって,やつら買うには高いし,すぐ絶版になるんだもの)。

手っ取り早く知る方法はないか(今になって思う,そんなのは,ありえねぇ!!!)と思って見つけたのが,「現代思想の冒険者たち」シリーズを読んでいた。今になって思うと,自分が大学生だった時代は,ちょうど21世紀の入り口で(書いてて,自分がだいぶ年を取ったと感じた),20世紀を総括するとか,21世紀を見通すとかいう意味からか,こういう叢書類がやたらに多かった。そのおかげで,教養に触れることができたんだなぁと思う。

ちなみに,これに挟まっていた「現代思想の遭難者たち(いしいひさいち)」がおもしろい!ほんとエッセンスをつかんでいる漫画で笑わしてもらいました。講談社学術文庫で出ているので,ぜひ購入を!!

あ,あと「文学部唯野教授(筒井康隆)」も,現代思想をつかむのにとても助けになった。というより,単純に読み物としておもしろかった。バルトとか,フッサールとか,イーグルトン,バフチンなんかとは,このタイミングで出会っていたんだなぁ。

7 西多賀という場所
当時,仙台市の西多賀というところに住んでいた。ここの立地のいいところは,自転車を15分も漕ぐと,仙台で一番大きな古本屋さんがあるのだ。いや,ほんと,古本屋さん。雑多に積んであるの。埃っぽいの。絶対女の子とは行けないというか,連れて行くのが忍びない(←問題発言)場所。あと,今はもうないけれど,自転車で5分位のところにも古本屋さんがあって,そこにも助けられた。あと,大学から下りたところとか,一番町とか,時間があると古本屋さんに行っていたかも(勉強しろよ)。街場の古本屋さんのいいところは,「いい意味で」「いい意味で!」値段の付け方が適当なところ。
岩波の基礎数学とか,1冊200円位で売っているんだぜ。

エンゲル係数は,消費支出に占める飲食費の割合を表すけれど,
消費支出に占める本代の割合を表す,ホンゲル係数があったとしたら,当時たぶん,すごいことになっていたと思う。

そうそうこの頃「絶版」という鬼のような仕組みがあることを知った。

あとは,モールの紀伊國屋書店でよく立ち読みしてた。ちょうど,「アンチ・オイディプス」とか「千のプラトー」とかが再販された時期で,「へーきれいな表紙だなぁ」と眺めていた(読んではいない)記憶がある。
あと,このときに買っておけばよかったなと,今も後悔しているのが,「紙葉の家」。今,ヤフオクとかだと12,000円超えるんだよね…。価値の話じゃなくて,読んでみたかった本。馬鹿みたいにお金かかっているんだもん。装丁とか,ブックデザインとか。

8 夏目漱石と芥川龍之介
で,古本屋さんで買っていたのが,昔の作家さんの全集。ここまで読んでいただきわかっていただけたと思うけれども,「作家さんの作品をデビューから順に読む」っていうのが,けっこう好きなわたし。
で,古典にも触れたいと思って,漱石とか芥川龍之介とかをながめていた。特に,芥川龍之介は,ずいぶん読んだ。短編だから読みやすいというのはあるんだろうね。もちろん全集だから,おもしろいのも,大変失礼ながら読みにくいのもあって…。でも,それが良かった!一人の作家さんをまるまる読むって,その人の考え方とかを知ることができるから好き。

9 そして広がる
こうやって見てみると,ほんと,いろんな本がつながりの中にあるんだなということを再確認。そしてめっちゃ長くなるところに,それぞれ思い入れがあるんだなと再確認。田口ランディさんの紀行モノとか,中山可穂さんのこととかもそのうち書きたいなー。
どんづまりなんてないんだな。いろんなところに広がるんだよ。読書は。

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