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みちをえらぶ

今日、おふろにつかりながら「道を選ぶときはいつも楽じゃない方」を選んできたのはなんでだろう…と考えた。

あれ…アニメORまんがきっかけだっけ…。いや…ちがうなぁ…。そもそもいつからだっけ……。確実にここと思い当たるのは、25のとき。いや、たぶんもっと前かもと思うんだけど…。

25のとき、とある学校の公開研究会に行って、ステージの上で侃々諤々話す姿がすごくて、「あー、この人達は大変な方へ大変な方へと歩んできたからこんな切った張ったの話ができるんだなぁ」ということを最前列からぼんやり考えていた。

そのときにいつかこうなりたいな…と思ったから

そっか、プロセスをまねっこしたかったんだなぁ。

なんだろ、踏み越えて来た人のオーラというか、プライドというか…。それを自分のものにしたかったんだろうな…若いときの自分笑

で、そのまま更新されることなく、だらだらと大変な道を歩んできたというか…。(なんか文字面だけだと勘違いされそう笑)
それが、ほんとに大変な方だったのかはわからないけれども、歩んできてよかった道だったなあとも思っている。

そして、今になって思うのは(すっぱいぶどうの原理かもだけど…)

楽な方って、「楽しい方」ではないと思うんだよね…。違うか「愉しい方」。

大変だから愉しいってのはあって、2日徹夜しようが、2時間電話で怒られようが、そのあとにちゃんと解決して「ありがと」と言われればそれでいいってところはあって(これを「エベレスト効果」といいます。ほんとです)、「今回の件からぼくが得るべき教訓は…」と、次に進んでいくのが好きなんだろうなぁ。おかげで徹夜しなくてすむようになったし、そんなに怒られなくなったし。

それもあっての「返事はいつも『はい』か『Yes』」なんだろうなぁ。新しい道をみつけて、人も通れるようにしていく、耕していく。最近目指しているところはここなのかもしれないなぁ…


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