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花火職人、炎上す

真夏のアスファルトが、陽炎の中に歪む頃、彼は現れる。色褪せたアロハに麦わら帽子。まるで季節の迷子のような男。火野花一。自称「花火職人」。

彼が作るのは、夜空を焦がすような花火ではない。線香花火のように小さく儚い、「ひとり花火」。

公園のベンチで一人スマホを眺めるOL、深夜コンビニでカップ麺をすするサラリーマン。火野は、そんな「ひとり」を見つけると、吸い寄せられるように近づき、無言で「ひとり花火」を差し出す。

人々は戸惑う。警戒する者、無視する者。しかし、火野はただ静かに、「ひとり花火」に火を灯す。パチパチと燃える火花。それは、忘れかけていた何かを呼び覚す光。

警戒心は溶け、笑みがこぼれる。誰かに見せる花火ではない。ただ「ひとり」で、その光と向き合うための花火。

ある日、火野はいつものように「ひとり花火」を配っていた。そこに、一人の女性が現れる。フォロワー数百万人を誇る人気インフルエンサーだ。

「おじさん、それ、なに? めっちゃエモいんだけど!」

彼女は、火野と「ひとり花火」を動画に収めようと躍起になる。フォロワーは、彼女の笑顔が見たいのではない。「新しい何か」を求めているのだ。

火野は、無言で「ひとり花火」を差し出す。女性は、戸惑いながらもそれを受け取ると、いつものように笑顔で動画を撮り始めた。

「みんな、見て! これ、めっちゃエモくない? 超バズる予感しかしないんだけど!」

しかし、次の瞬間、彼女の笑顔が凍りついた。スマホの画面が、プツンと暗転したのだ。充電切れ。彼女は、初めて「ひとり」になった。

静寂の中、パチパチと燃える「ひとり花火」の火花だけが、彼女の顔を照らしていた。それは、これまで彼女が見てきたどんな光よりも、強く、そして儚い光だった。

「・・・綺麗」

彼女は呟いた。それは、誰かに聞かせるための言葉ではない。心の奥底からこみ上げてきた、本当の気持ちだった。

次の日、彼女のSNSには、真っ暗な画面に「ひとり花火」の火花だけが映る動画がアップされていた。

「#充電切れ #ひとり花火 #エモい

その動画は、瞬く間に拡散され、炎上した。

「なにこれ、つまんない」「意味不明」「炎上商法乙」

しかし、その数日後、街は「ひとり花火」であふれることになる。皮肉にも、彼女が意図せず巻き起こした炎上は、「ひとり」でいることを肯定する、静かなブームを生み出したのだ。

火野は、今日も街を彷徨いながら、「ひとり花火」を配り続ける。彼は、自分が炎上させたことも、ブームを作ったことも知らない。ただ、「ひとり」であることの尊さを、静かに、そして確かに、人々に伝えていく。

街の喧騒の中、今日も「ひとり花火」は静かに燃えている。それは、誰にも消せない、小さな希望の光。

(終)

後記:
前作「スイカ動乱」はショートショートというには長すぎたので短くしてみた。このくらいの長さの方が読みやすくて良いかも。

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