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つかないおりあい

推しがいる生活は楽しい。

対象が人であれ、趣味であれ…
打ち込めることが沢山あるのはいいことだと思っているし、個人的には、色々なフィールドがあった方が人生は色付くのかなと思っていたりもする。
没頭の仕方も人それぞれで良いと思うし、要は心の在り方なのかなって。

そんな中で、自分の中ではなかなか折り合いが付けられなくて、衝撃的な出来事があったので、それをツラツラと書きたいと思います。

コロナ禍での推し事情

コロナ禍前までは、好きな日本のバンドが何組かいて、そのライブに参戦していたり、彼らの出演する地元のフェスなどに度々足を運んでいました。

ところが、コロナ禍に入るや否や、ライブは軒並み中止となり、少しずつライブが解禁し始めたものの、自分の職業柄、なかなかライブに参戦するということへの抵抗があって。

そして、少しずつ自分の好みも変わっていき、今や、韓国のアイドルの沼にハマる日々を送っていました。



バンドマン達と違うところに翻弄されながらも、異国の彼らの供給の多さにありがたみを感じる中で、半年前の私は、以前よくライブに足を運んでいた日本のバンドのライブツアーの知らせを目にします。

sumikaです。



半年後の情勢に希望を込めながら、参戦出来そうな日程での応募をしたところ、当選したので、約3年以上ぶりの彼らのライブに足を運びました。


音源をゲットしていたものの、ほぼそれを聴かない状態での参戦となったのですが、普通に楽しめました。
大好きな曲も数多く演奏されましたし…
何より、3年前から変わらない様子の彼らがそこにはいました。


彼らのライブのパフォーマンスはとても素敵で、どれだけ座席がステージから遠かろうと、歌を届けたいという気持ちが伝わってくる。

そしてフェスなどで思うのは、他のバンド達が自分達に着いて来て欲しいだとか、バンドの将来像のことを多く語ることが多い中…

sumikaは観客に寄りがちというか、お互い健康でいよう、また会おう、というニュアンスの言葉がMCなどで多く聞かれます。
それが最初はこそばゆかったものの、彼らとは年代も近いこともあり、そういう言葉が私にはすごく沁みて。
特にフロントマンの片岡健太さんにハマっていました。

数年ぶりのsumikaのメンバーのMCは健在で、ツアーファイナルということもあってか、他の面々のMCが長かったのもとても印象的でした。
アニバーサリーである今年は、例年以上に色々な試みをする予定がある、ということを楽しそうに話されていたことも記憶に残っています。

今までに書いたsumikaのライブレポはこちら↓



久々の連絡で知る訃報


異国の青年達にハマっている自分としては、今後は日本のバンドを追うことはないのかもしれない、と思っていた節が少しありました。
だけれど、やはりsumikaのライブは楽しく…
ファンクラブも今後も継続かな、どうしようかなと思っていた矢先のことでした。

バンドマン達にハマっていた時に一緒に参戦したりする友人から久々にLINEが来ました。

『隼ちゃんのこと、受け入れられない』

たったそれだけの短い文面で。


家庭のことを色々していた私は、その連絡をきっかけにTwitterを開いたところ、すぐに友人の言っていることは分かりました。

突然の訃報。

目を疑いました、だって、私は5日前に彼らに会ったばかりなんですもん。
そして、私の座席は彼寄りだったんですもん。

高い位置でギターを構えて、楽しそうにプレイして、照れくさそうにMCしてたじゃないですか。




元気でいて、また会おうって。




その日の夜は、必要最低限のことしかせずに寝ました。

これを書いている今でも、何を書いているんだろうなって思ったりするんですよ。
今朝、引っ張り出してきた映像作品の中で、4人が楽しそうにしているのを観ると、尚更信じられない。



導かれたのかな、なんて思いたくはないのに。




状況が理解出来ない次女は、兎に角、明るく振る舞ってくれて、長女は「ライブに行けて良かったね」と言っていました。


詳細や真相は分からないけれど、他界隈にずぶずぶの私がやはり行きたいと思えたバンドで、彼らの音楽や、雰囲気がとても好きで。
4人での姿をもう見られないのだなということがとてつもなく悲しい。

ご冥福をお祈りします、と自分より若い人に言うのも悲しい。

人が亡くなる、ということはとても悲しいです。

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