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膨らんだ涙で、あたたかそうな絵を見た

病院に無事付き、
待合の混み具合と、それに反して苛立った様子がないことにほっとしました。
受付で初診だと伝えると、
どこがしんどいのかを聞かれ、
「心臓が、、、」
というと、どんなふうにかを聞かれ、「脈が飛ぶ感じの。あとは圧迫感があって苦しいです」と伝えると、心配そうに問診票を渡してくれました。
看護師さんのつくっているあたたかそうな空気に、ふたたびほっとしつつ、
席がいっぱいだったのでどうしようかと思っていたら、
おじいさんが目で「どうぞ」と隣を示してくれたのでそちらにお邪魔しました。

“胸の痛み、圧迫感、息をするのが苦しい。脈が飛ぶような感じ。”

書き終わり、
持っていくと暫くして看護師さんに呼ばれ、
待合から通路をはいり、診察室の前の椅子で血圧を測ってもらい、
さらにこまかいことを話しました。

胸の痛みは去年までしていた仕事中にはよくあって、
辞めてからはおさまっていたこと。
脈が飛ぶ、というか、リズムが変わる、テンポが狂うような感じで、
そのたびにぐっと胸に違和感が広がって苦しいこと。
精神的なもので痛んでいるのだとはおもうけれど、
本当に病気ではないのかを調べようと思ったこと。

話し終えると、看護師さんは「心電図を撮りましょう。先生に確認してきますね」とその場を離れていった。
そのときの私は不思議な気持ちになりました。
ふわっとして、
あたたかい。
苦しいという訴えを、真摯に受け止めてもらったことに、
胸がいっぱいになったのだと涙がこみ上げてきて分かりました。
ああ、私、しんどいって言ってよかったんだな。
苦しいって言っても迷惑じゃないんだな。
ここはプロのひとが、
お金をもらって、きちんと苦しいと訴える人のことを考えてくれる場所なんだ。
そう思ったら、安心したのか、嬉しかったのか、大きく内側が揺れたのです。
みるみるうちに涙膨らんで、
でもこんなところで(待合からも見える場所で、頻繁ではないけれど人が通ります)いきなり泣いている人がいたらびっくりする、と思い、
なんとか引っ込まないかとちょっと上を向くと、
近くの柱に絵が掛かっているのが目に入りました。
外に立てられた大きなパラソルの下にテーブルとイスが並び、
明るい空は気持ちよく晴れ、犬を散歩させる人が歩き、
ゆったりとした時間を楽しんでいる人がコーヒーを横に本を読んでいました。
その絵がまたあたたかな空気で満ちていて、
ああ駄目だ、と思ったら涙が落ちていました。

それはすぐにマスクの不織布に吸い込まれ、次の一粒は素早く出したハンカチで抑え込むことが出来ました。

その後、心電図と、心音のチェックをしてもらい、
共に異常はみつかりませんでした。
先生は、「おすすめは血液検査と、一日ずっと心音をチェックするという方法です」と言い、私は「じゃあ、血液検査を」
と答えました。
血液を抜いてくれたのが、最初に問診をしてくれた方で、
「いっこずつ心配を消していっているところだね。
身体に問題がないってわかることで、安心する部分もあるし、
そしたら“心臓が痛いから休もう”っていう基準にできるしね」
と言ってくれました。

血液検査の結果は二日後にはわかるのですが、
その日は予約がいっぱいとのことで、
私の休みの日に合わせると一週間後になりました。

おそらく何も異常はでないでしょう。

帰り道、
少しだけ、
身体に異常がないのに看護師さんやお医者さんの時間や器具を無駄に使わせてしまった、、、なんてことを考えそうになりましたが、
そこでぐっと首を上げて
「いや、
あの人たちはプロで、
それが仕事で、
だから私はそのことに敬意を払うならこんなことは考えたらいけない」
と思い直しました。

すごく今さらですが、
もし、
大事なひとがぐすぐすに自分を傷つけていたら、
私は心底悲しくなるでしょう。
その傷がどうか早く治るように祈り、
痛みがはやく失われることを願い、
出来ることは何でもしたいと言うでしょう。
ああ、私でも同じなのか、とやっとわかったような気がします。
私の腕がぐすぐすなのを見て、
あの人たちはきっと悲しかったのだろう、と。
心が傷付いたのだろうと。
やっと、私を好きでいてくれる人は、
私が自分を痛めつけることで悲しむ、ということが分かったのです。
何を言ってるんだ、と思いますよね。
でも、本当に分からなかったんです。
私の傷が切り刻まれよと、
どうしてそれが誰かを傷つけるだろう、と。
私なんかがどうなったて、誰にも影響がでるはずがない。
そんなことを心配するなんておこがましい。
そう信じてきたのです。
でもきっとそうではない。
そうではないと、思うことができはじめてきました。
私が傷つくことを、悲しんでくれる人がいて、
私がその人を好きならば、悲しんでほしくないのならば、
私はもっと自分を痛めつけないで日々をおくることを、
考えていけると思うのです。

つらつら、
30分ほどの帰り道、
また泣きそうになりながら、
こんなことを考えたのでした。

読んでくれて、ありがとうございます。

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