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【#創作大賞2024】蒼に溶ける 第4章 ⑤ 電話

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それからの結依の日常は多忙を極めた。
何しろ毎日の仕事の傍ら、海洋散骨について調べたり、様々な手配を進めていかなければならない。
岡崎にはああ言ったものの、結依自身は、父が散骨を許可する可能性は万に一つもないと確信していた。事の達成ということだけで考えれば、このまま無断で実行に移した方がはるかに成功率は高い。だがさすがに肉親の情が揺さぶりをかけるのか、結依もそこまで思い切った手段を取るには抵抗があった。

「うーん……聞いた限りではお父さんに話を通した方が、却って事が厄介になりそうな気もするけどねえ」

岡崎との会話の内容を話すと、上司の松下は難しい顔で首をひねった。

「それは間違いなくそうだと思います。たぶん言わない方が、問題なく散骨まで持ち込めるとは思うんですよ」

「うん、そうだろうね。めちゃめちゃ罰当たりなことを言えば、黙ってお骨を墓から出したとしても、外から見る分には判らないわけだしさ。ただそういうものは、素人が迂闊に手を出していいものじゃないっていうのは、この時代でも何となく意識としてあると思うんだよね。私もお墓参りなんてしたのはもうずいぶん昔の話だけど、やっぱりそれなりに厳粛な気持ちになったから」

結依は黙ったまま視線を落とした。休憩室の白いテーブルと紙コップに入ったコーヒーの褐色のコントラストが、妙にくっきりと目に沁み込む。
木下の指摘は、結依の心にずきりと響いた。
結依がやろうとしていることは、控えめに言って墓を暴くことに他ならない。祟りとかそういう類のものを頭から信じているわけではないが、先祖の霊が眠る空間に土足で踏み込むような真似をして気分のいいわけがない。

望みがないと言いつつも、自分は心のどこかで父の許可が出ることを祈っているのかもしれない、と結依は内心苦笑した。そうすれば堂々と岡崎にしかるべき手配を依頼することもできるのだ。
でももし許可が出なかったら……いや十中八九、出ないだろう。だが……。
その時、結依のブイホが震えた。

「あ、すみません。ちょっと通話入ったんで……」

そう言いつつ画面を見た結依は、思わず眉根を寄せた。知らない番号だ。不審に思いつつ結依は通話ボタンを押した。もしかしたら岡崎からかもしれないと思ったのだ。ただ念のために画像は相互オフにしておく。それに休憩室とはいえ、社内で堂々と通話相手の画像を映し出すのも気が引ける。

「――はい、もしもし」

結依が通話に出ると、一瞬電話の向こうで息を呑むような気配がした。だがそのまま無言が続く。いたずら電話だろうか。

「どちら様ですか? いたずらなら切りますよ」
『結依さん……?』

結依ははっと息を呑んだ。自分の名前を呼ぶ、耳に慣れた懐かしい声。まさかそんなはずは……!
結依がブイホを手にしたまま固まっていると、再びその “声” が流れてきた。

『あの、もしもし?』

はっと我に返った結依は、慌てて口を開いた。

「誰ですか? お母さんのわけがない。あなた、誰なんですか!?」
電話の主は一瞬黙り込んだあと、かすかに息を洩らした――笑った?

『――さすがに母娘だから声はそっくりだけど、あの子よりずいぶんしっかりしてるのね』

「え?」

呆気に取られた結依が思わず聞き返すと、今度はもっとしっかりした張りのある声が電話から流れてきた。

『純江です――沙和子の姉の、徳田純江です。初めまして、結依ちゃん』


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