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秋田柴子の東京探訪③ 〜スパイスのない人生なんて〈3306字〉

さて、2日めの朝である。
ホテルの朝と言えば、楽しみなのは朝食だ。
だが、残念ながら感染症の影響もあってぐっと簡素化。ただ部屋に持ち込んでいいそうなので、広い自分の部屋でのんびり食べることにする。
(食堂がかなり狭かったのだ)

ホテルの朝食。ランチもあるので控えめに

本日の予定は、何と!
『第二回 日本おいしい小説大賞』を受賞された幸村しゅうさんにお会いするのである!!

第二回日本おいしい小説大賞受賞作
幸村しゅう著
『私のカレーを食べてください』

今を去ること二年前。
何のいたずらか、私は同賞の最終候補としてノミネートされた。本来ならば授賞式があり、そこで候補者全員が顔を合わせることができたはずなのだが、残念ながら感染症の初期時代、イベントは軒並み中止になっていた。

以前からお互い「機会があればお会いしましょう」と言っていたが、この機を逃したらいったいいつ会えると言うのか。ベリショや他の書き手仲間と違って、常時接点を保てる(≒つるめる)方ではないのである。
東京行きを決めたと同時に、私はしゅうさんとの邂逅を目論んだ。
機会は、自分で作るものなのだ。

しゅうさんから頂いた待ち合わせのご指定は

「午前11時に八重洲ブックセンターで」

八重洲ブックセンター!!
読書の好きな人間には聖地のような場所だ。
(ついにここも閉店という衝撃的なニュースがあったが、どうやらまだ営業中らしい)

池袋から丸ノ内線で東京駅に戻る。
実はこの時、もうひとつ秘かな野望があった。

「東京駅内の『コウペンちゃんはなまるステーション』に行きたい」

元々初日の昼間に行くつもりが、射谷さんとしゃべり倒して断念。
はなまるステーションは東京一番街にあり、八重洲にも近い。それならば、ということで、早めにホテルを出てきたのである。

地下鉄丸ノ内線の改札を出た私は、運よく近くにあった案内所に直行する。もう東京駅の複雑さには懲りごりだ。

「あの、八重洲ブックセンターに行きたいんですが」
「ああ、はいはい。えーとすぐそこを左に曲がって……」

判りやすい見取り図を指し示しながら、丁寧に説明してくれる。どうやら「北地下自由通路」なるものを通ればいいらしい。

「……あとは地上に上がれば判ると思いますよ」

私は礼を言うと、荷物を担いで歩き出した。
ちょっと距離はあるが、土曜日の朝10時過ぎで人も少なく歩きやすい。

だが10分も歩いていると、不安の虫が頭をもたげる。
なにしろ分岐点に遭遇するたび「八重洲方面」という案内が表れ始めたのだ。そこで地上に上がるべきなのか、それともこのまま進む方がいいのか。
迷いつつ地下道を歩いていると、いきなり突き当たりにぶつかる。
えー、そんな説明なかったよ?と思いつつ、ふと表示を見ると

「東京キャラクターストリート」

マジ?「はなまるステーション」があるとこやん!
ろくに地理も判らないくせに、ふらふらとルートを外れる秋しば。遭難者の典型的パターンである。

幸い、目的の店はすぐに見つかった。
だが肝心の八重洲ブックセンターまでのルートは、未だ不明のままだ。脱線の挙句、道に迷って遅刻するのは避けたい。
結局、入口の写真だけ撮って慌ただしく店を後にする。

コウペンちゃんはなまるステーション。大人のペンギンさんが可愛い

何とか正しいルートを探し出し、無事八重洲ブックセンターに着いた。約束の時間までまだ15分ある。
するとしゅうさんから連絡が入った。

「店内1階のドトール前でお待ちしてます」

慌ててトイレを飛び出し、1階にあったドトールへ向かう。
……あれ?いない。
例によって、初対面である。肝心のご尊顔は判らない……と言いつつ、彼女の場合は雑誌に載った顔写真の記憶がある。しかも「ベージュのコートにマフラー」という追加情報もアリ。

店内をぐるぐる回っていると、それらしき恰好の方が視界に入った。
聞いたとおりの身長、ベージュのコートにマフラー。でもなんか……。
近づいて斜め前に回り込み、恐る恐る顔を窺う……って、男性やん!(笑)

結論から言って、しゅうさんはまだ店に到着していなかった。
今度は私が入り口で外を眺めて待つ。
やがて横断歩道の向こうの人だまりを見るや「あの人だ」と確信する。顔は見えない。でも判る。不思議なものだ。
信号が青に変わり、彼女が小走りで横断歩道に足を踏み入れた瞬間、私も店を離れて迎えに出る。

「秋田さん、ですか?」

二年以上の歳月を経て、ようやくお会いすることができた。
今さらだが、私があの賞にノミネートされたのは夢ではなかったのだ(笑)

しゅうさんはその著書からも判るように、熱烈なカレー探訪者だ。やはり初めてお会いする時は、カレーをご教授願いたい。
もっとも辛いものが得意でなく、かつ胃腸の弱い私をカレーの店に連れて行くのは、さぞ困ったことだろう。

普段はインドカレーとナンぐらいしか食べたことのない私にとっては、非常に珍しく、興味深いランチとなった。
下の写真のどでーんとデカいものは『マサラドーサ』。クレープ生地のような ” ドーサ ” にマッシュポテトを包んだもの。熱々で美味しかった。

南インド料理店『ダクシン』

しゅうさんは実際に商業出版を経験した方だ。
受賞の喜びも束の間、世の中に流通する「書籍」にするためのプロセスがいかに厳しいものか、ということを教えてもらった。原稿の直しはもちろん、表紙のデザインチェックや今後の販促など、やることはたくさんある。そればかりは経験しないと判らないだろう。

そして彼女もベリショのメンバー同様、人を実績で測ることをしない。
私が今もしぶとく書き続けていることを手放しで褒め、応募中の原稿のあらすじを聞けば、口を極めて推してくれる。
これまでの彼女の経歴からパワフルな方であることは想像していたが、それと同時に深い思慮を持ち合わせた女性という印象だった。

逆に私の印象は、彼女の中ではちょっと違っていたらしい。一言で言えば、想像より「普通の人っぽかった」というところだろうか(笑)

射谷さんとも話したが、最近巷で人気のある本と、自分自身が書きたいと思うもののギャップは、書き手にとって非常に切実な問題である。
しゅうさんから「最近、面白いと思った本を挙げてみて」と聞かれ、思わず返答に詰まったことからも、それは明白だ。
彼女もやはり面白いと感じる本が少なくなったと言っていた。ただそれは世間の流れのせいなのか、それとも自分の感受性の問題なのかは判断が難しい、と。

しゅうさんとは同世代だが、私の眼には、彼女が来るべき波を受け止めて、いろいろ考えつつも、しっかりと先を見据えているように見える。
よく似た考えの部分もあれば、正反対の意見もある。だが久しぶりに、誰かに自分の意見を話せたという確かな手応えを感じた。彼女と話していると、相手と違う部分について「私は〇〇ですね」と言うことができた。
もちろんそれは相手の否定ではない。

「あなたはこう、私はこう。そうか、なるほどねえ」

という会話が成り立つと相手と言えばいいだろうか。

長い間、職場で人間関係のストレスに苛まれ続けた私は、近年あまり自分の意見を他人に言わなくなっていた。昔はめちゃめちゃ自己主張の強い人間だったのだが(笑)
でも今回、彼女と話していて改めて実感した。異なる意見を交換し合えるというのは、とてもありがたいことなのだ。

楽しい時間は、あっという間に過ぎる。
東京駅の改札口で、私はしゅうさんと別れた。名残惜しいというよりは、何だか妙に賑やかな別れだった。きっと人生のどこかでまたクロスするだろう、と思わせるような。

こうして私の東京探訪は終わりを告げた。
月並みではあるが、私のために時間を作ってくれたすべての方々に、心よりお礼を申し上げる。
そして何より、この素晴らしい機会を作ってくれた殿に、感謝と祝福を。

そして次は、あなたの街にお邪魔するかもしれない。
どうかその時は「ちっ、秋しばのやつが来るのかよ。しょーがねえな」と付き合って下さったら、これに勝る喜びはない。
その日が来るのを心待ちにして、今後も書き続けていくとしよう。


ちなみに帰りの新幹線の中でも、原稿の修正に追われ続けたことは言うまでもない。

(了)

*最後までお読み頂き、ありがとうございました。

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