決断を迫る歌

 浜田省吾「Dance」の最新リミックスがリリースされたのは去年のこの時期だったか。

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 個人的に最も好きなのはオリジナルの12インチシングルバージョン(1984年)

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 曲の冒頭に「Dance!」と叫ぶ声があって、その直後に始まるドラムの乾いた音と全体的にスリリングな曲調が、当時高校1年だった私の心には実に格好よく響いた。

 それに続くアルバム「Down by the Mainstreet」収録のアルバムバージョンは、「ベッドに湿った風〜♪」との歌詞の通り、しっとりした大人の雰囲気をまとい、1999年のリミックスではディレイ気味に重ねたコーラスでさらに厚みと深みが増した。

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 シングルバージョンから私が感じ取ったのは、ようやくスターダムにのし上がった頃の、若く荒々しさを残す彼のがむしゃらさである。2020年バージョンを聴くと、オリジナルから36年を経て彼自身も世の中も音楽を取り巻く環境も大きく様変わりする中、技術的な点ではリミックスもこんなに楽々こなせるようになったんだよというデモンストレーションとしての意義のほかに、時局や世情の変化とそれらに対する捉え方の変化を感じた。

 その根拠は、2コーラス目以降で一部変更された歌詞である。

【オリジナル&1999年リミックス】

Dance, you can dance(踊れ)
You can move(動き出せ)
You can dream(夢を持て)
You can jump(飛び跳ねろ)
You can love(愛を持て)
Keep on dancin'(踊り続けろ)

【2020年リミックス】

Dance, you can dance(踊れ)
You can jump(飛び跳ねろ)
You can run(逃げろ)
You can dream(夢を持て)
You can love(愛を持て)
Keep on dancin'(踊り続けろ)

 Move(動き出せ)を削り、run(逃げろ)を加えていることに私は注目した。

 オリジナルがリリースされたのは1984年、安定成長に続くバブル前夜の頃である。世の中が徐々に浮足立ってこようかという時代に彼は、真の姿を掴みきれぬ得体のしれない焦燥感を感じていたのだろう。そのことが曲調やリズムにもよく現われているように聞こえる。どんな方向であれ現状にとどまらず動き出せ(move)と促していたのはそのためではないか。

 ところが2020年バージョンでは逃げろ/急げ(run)と言っている。とどまるなという意味ではmoveと同様だが、明確に「逃げ出せ」という言葉に替えたところに、焦燥感どころではない時代の危機感を感じざるを得ない。世の中や人間という存在を漠然としか捉えられなかったであろう若き日の浜田省吾も、37年過ぎた今では68歳。酸いも甘いも噛み分けた大人の今、冷静にかつ落ち着いて、歌に載せて彼が伝えるメッセージは「逃げろ(run)」である。何からどのように急いで逃げ出せというのか。聴く者に決断を迫る言葉である。

 同時に、dream, love, keep on dancin'(夢と愛を持ち、踊り続けろ)というメッセージを残しているのもまた象徴的である。本格的に「危険な」時代を迎え、逃げることを促しつつ、夢と愛は捨てずに踊り続けろというのである。彼の夢見た未来に込められた願いは、アルバム「Promised Land〜約束の地」収録の「僕と彼女と週末に」の歌詞にも見える。

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いつか子どもたちにこの時代を伝えたい
どんなふうに人が希望(ゆめ)をつないできたか

 さて、私たちはこの時代をいかにして生き残り、夢を持ち,愛を持ち,踊り続けながら,子どもたちに伝えようか。

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