左手『面会』レビュー
文 - PANICSMILE吉田
左手君のことはだいぶ前から知っている。最初は別の名前でドラマーだったと思う。そして
「僕、ボカロPやってるんですよ」
となって、それから何度も左手君のライブを観ている。ボーカロイドというものに関しては以前働いていた会社で取引があったので、
どういうことかは知っていたのだが左手君のライブは衝撃的だった。
私が小学校の頃、テクノミュージックというものが生活の色々な場面に登場し始めた。運動会のマスゲームで使われていた音楽はYMOのライディーンだった。今思うとイカした教師たちだな。
それからお茶の間のテレビやラジオからシンセ音や生ドラムじゃないビートが日常的に流れ始め、歌謡曲と言われた80年代J-POP※1も
アイドルもピコピコ言い始めた。影響を受けやすいわたしはすぐにあの音を出してみたい!と思ったのだがギターよりはるかに高価なテクノの人たちの機材を手に入れることはできなかったのだ。
あれから40年くらい経ったのか。今やこのサウンドやシステムはギターよりも安く、なんならタダでなんならアップル社のスマホであればもれなく全員にその使用を可能にしてしまったのだ。
そしてだからこそ容易い事ではないのだと思う。誰にでもできる事だからこそ、ハンパなセンスや音楽偏差値ではリスナーを驚かすことなど無理なのだ(まあギターがバカテクだからって感動しない曲は腐るほどあるよね)。
ボーカロイド初音ミクが歌うリードメロ以外の部分からは彼が好きだというP-MODEL/平沢進をはじめ80年代のテクノ・ニューウェーブ、その中でもニューロマンティックであったりプログレッシヴロック等の鱗片が浮かんでは消えていく。90年代的なハウスでもなく00年代以降のエレクトロニカでもなく、なんとなくバンド編成モノのグルーヴなのだ。
そうだった彼は最初に会ったときはドラマーだった。しかもかなりの腕前の。イヤホンではすぐに気付かないかもしれないが、ライブハウスの音響で爆音で聴くと各曲の低音部分、リズムパートが凝りまくっているのが体感できる(今作においては逆にどシンプルなビートのM-7「オイデマセ・ディスコ」がぐいぐい来る)。
そしてこれもライブ体験者にしか分からないのだが音源と違ってライブでは初音ミクではなく左手君本人が歌っており、この声がちょっと有頂天のケラに似ているのだ。
80年代に登場したこれらの先達も夢想したであろう、バーチャルワールド、空気を一切介さないコミュニケーション、当時もすでにディストピアであっただろう人間界をマシンで超越する行為。それは死ではなくリアルに並行する世界として個々が携帯する時代になったのだ。
私は左手君の凝りに凝った音楽やメッセージにも感動したが、そうした未来が本当に40年後やってくるよ、と9歳の自分に教えてやりたくなった。レイチェルやプリスにももうすぐ会えるよきっと。
※1.J-POPという呼称は90年代以降からだそうだ
左手 - 面会 購入ページ
https://booth.pm/ja/items/1592140
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