見出し画像

朗読会で読んだ文章

6月30日、本屋と活版印刷所の屋根裏というお店で開かれている朗読会で読むために書いた文章を、せっかくなんで置いときます。この日のテーマは「雨」でした。

〜〜〜

『雨男』


 僕は雨男だ。
 雨男とは、そいつが出掛けたり、その場に来たりすると雨が降るように思えるほど、頻繁に雨に見舞われる男のことを言う。
 しかし、実際に雨男である僕は、雨男という言葉の本当の意味を知っている。

 僕は幼少期の頃から雨男だった。楽しみにしていた休みの日は必ず雨が振り、どんよりとしてた空は僕の外出と同時に小雨を落とし始め、雨模様を決め込む。高知市で大学生をしていたある日、アパートからバイト先までの10分間、街は記録的な豪雨に見舞われた。傘を持たずに自転車を漕ぎ出した途端、海抜ゼロメートルのこの街が沈むのではないかと思うほどの大雨が振り始めた。やっとの思いでびしょ濡れで出勤し、同僚に「見てくださいよこの雨!」と外を指差すと、もう雨はやんでいた。

 この頃になると、僕はこの世界の真実というものに薄々と気付き始める。もしこの場に僕以外の雨男がいるとしたら、これから話す真実を、自然の理として既に理解していらっしゃるかもしれない。この場で今更当たり前の内容を仰々しく語る僕を、ちゃんちゃらおかしいと感じるかもしれないが、何卒ご了承願いたい。

 本来、雨とはやまないものなのだ。

 今から46億年前、この星は大気に潤いをもたらすため、海と空とのあいだで絶えず水分を循環させる雨という仕組みを作った。その循環は海をかき混ぜ、泡粒を作り、そこに閉じ込められたミネラルが混ざり合って初めての生命が誕生した。生命は海の中で繁栄し、40億年以上かけ様々な種へと進化を繰り返し、ついには陸上に進出する。そしてふと思ったのである。

 「雨うざ。」

 3億6千年前、初めて陸上へ進出した両声類イクチオステガの一頭は、星と契約を交わした。当時まだ少なかった陸上生物の中で、この星との対話が出来る彼が巣穴から出て星と連絡を取り交わすことで、その日の雨の降る降らないを決めることにしたのである。そうして、この地球上で初めての晴れの日、そして初めての雨男が誕生した。
 雨の降らない日が生まれたことで、大地は太陽の恩恵を授かることが出来、その結果陸上生物は思いの外繁栄した。今や陸地は多種多様な生物で溢れかえり、はじめは一頭だけだった雨男の遺伝子もそれに伴い受け継がれ、拡散し、希釈され、増え過ぎた雨男たちは自らの本来の役目を忘れ、星と雨男たちとの間には膨大な量の通信回路のみが残った。この世界に遍在する雨男たちが外出したり帰宅したりすると、その回路を通じてデタラメな通信が星へと送信され、それに従い、星は雨を降らせたり、止ませたりするのである。これが現代の、雨男と呼ばれる人々の正体であり、雨という気象現象の正体である。

 しかし、稀にその使命を思い出す雨男もいる。今やふえ過ぎた仲間からの無自覚な通信のせいで、自分ひとりで雨を自由に降らせたり止ませたりする事は叶わなくとも、3億6千年前から脈々と受け継がれた本来の役割を思い出した雨男は、その回路を通じて星と会話し、星のメッセージを受け取るのである。

 かくいう僕も、大学を中退し、音楽活動に行き詰まり失意の中で雨に降られていたとき、雨男としての役目を突如として思い出し、星と一度だけ言葉を交わした。この星は、僕たち人類の現状を少し心配しながらも、その行く末を静かに見守っていた。そして、この世界に生きとし生きる全ての命を、ひとつ残らず愛し続けている。星はそのメッセージだけを、何度も何度も繰り返し僕に伝えてくれたのだった。

 僕は、かねてより計画していた自殺をやめた。くだらないプライドのせいで謝れないでいた、迷惑をかけた人達に頭を下げ、もう一度学校に通い始めた。そして、今素敵な友達に囲まれて、天草の地でくだらない文章を読んでいる。僕が読んでいる内容は全部いい加減な嘘っぱちでも、この世界は本物の愛に満ち満ちている。それを感じられる限り、僕は喜んで、これからも雨に濡れ続けようと思う。

僕は雨男だ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?