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アンジェ・ポステコグルーと“畳み人”

akira(@akiras21_)です。

いきなりですが、最近この本を読みました。

プロジェクトが動くとき、アイディアを出す人が「風呂敷を広げる人=広げ人(ひろげにん)ならば、そのアイディアを実行に移す人は「風呂敷を畳む人=畳み人(たたみにん)」。この畳み人の考え方・動き方に触れて自らの仕事に活かそう…というビジネスライフハック的な本でした。

僕はサッカーが好きで、世の中のいろいろなものをサッカーに置き換えたり、あるいは結び付けたりして考えることがしょっちゅうあります。なので、「広げ人と畳み人の関係性」は「監督とヘッドコーチ」のようなものではないか…?という考えに至りました。

スポーツチームの監督というと、たとえば試合のプランを立てたり、普段のトレーニングでも試合を意識したメニューを作ったりと、自らの理想を実際のものに落とし込んでチームを勝利に導いていくイメージがあります。

しかし、僕が応援する横浜F・マリノスのアンジェ・ポステコグルー監督は少し違ったアプローチをしています。彼はトレーニング中も、ここ最近は試合中も、全くと言っていいほど口出しをしません。少し遠くから選手たちの様子をじっと見守りつつ、チームに対しては「勇猛果敢であれ」「相手は関係ない」「自分たちのサッカーで試合をコントロールしろ」と、かなり曖昧で広義的な指示を出すのです。

ポステコグルー監督のような広げ人には、畳み人=ヘッドコーチの存在が欠かせません。監督と選手の間に入って、広げ人のアイディアを咀嚼し、選手たちがアイディアを実現できるように練習・試合の準備を展開する。こう考えると、そこそこ合点がいきます。

一方でスッキリしないこともあります。マリノスを率いるオーストラリア人指導者は、何故わざわざこのような指導スタイルを採っているのか?という点です。

少し調べてみると、どうやらポステコグルー監督は「敢えて手を出さないこと」に大きな意義を感じているらしいと判明しました。というのも、ポステコグルー監督自身も実はかつて畳み人だったのです。

本稿では“畳み人としてのアンジェ・ポステコグルー”に迫りつつ、彼の指導者哲学についても合わせて探っていきたいと思います。

サッカーチームにおける畳み人の重要性

本題に入る前に、改めて「畳み人」のことを整理しましょう。

畳み人(たたみにん)
あるプロジェクトにおいて、「広げ人(発起人)」とプロジェクトメンバーの間に立ち、

 ・アイディアの最大化
 ・プロジェクトの具現化

大きくこの2点を遂行するプロジェクトマネージャー的存在。

アイディアマンの発想をどんどん膨らませながら、そのアイディアの実現性をスパスパと高めていく。「面白さ」と「やりやすさ」の両方を求め、調整していくのが畳み人の役割です。そんな畳み人に求められるのは、

◎仲介する(Communicate)
◎理解・咀嚼する(Interpret)
◎推し進める(Accelerate)

これら3つの能力。後ろの英単語は僕が勝手に付けたものですが、それぞれの頭文字を取ってCIAとしましょう。このCIAは、ポステコグルー監督のようなコンセプト(アイディア)先行スタイルの指導者を補佐するヘッドコーチに求められる素質そのものではないでしょうか。

監督が出す指針に則って、実際に試合をするのは選手たちです。彼らが監督のアイディアを知り、理解し、実践しないことには、監督が思い描くようなサッカーをすることができません。また認識・感覚のズレはチーム全体の動き方にも影響を及ぼすので、リスク回避という観点からも意識の統一が必要です。これらをチームとしてスムーズに遂行するために、ヘッドコーチの役割は大変重要です。

この重要性、そして負荷の大きさは、実現しようとしているサッカーがハイレベルであったり複雑であればあるほど高まります。しかし、冒頭の書籍にも書いてあるように、この畳み人という役割は人を大きく成長させます

その点をポステコグルー監督は理解した上で、敢えて自分は手を出さないようにしているのではないでしょうか。これは、ポステコグルー監督がかつてフェレンツ・プスカシュの畳み人をしていた経験が関わっているように思われます。

偉人プスカシュと畳み人ポステコグルー

フェレンツ・プスカシュ。1950年代に“マジック・マジャール”と呼ばれた伝説のハンガリー代表で主将を務めたFWで、世界的なビッグクラブであるレアル・マドリー(スペイン)の歴史にも名を残すレジェンドです。

監督としても世界各国を転々としたプスカシュですが、最後に指揮したクラブはオーストラリアのサウス・メルボルン・エラースでした。ただし、当時のオーストラリアはアマチュアリーグしか存在せず、また現在ほどサッカーが浸透していなかったため、プスカシュのことを知る人は限られていました。

選手として伝説的なキャリアを持ちながら非常にオープンで謙虚だったプスカシュは、チームのメンバーはもちろんのこと、彼らの家族のことも気に掛けていました。彼はチームに関わるすべての人々のために時間を取り、やがて信頼と尊敬を集めます。

当時のメンバーのひとりは後年のインタビューで笑みを浮かべながらこう言っています。

「プスカシュは“ギャロッピング・メジャー(疾走する少佐:愛称)”じゃない。僕らのボスだった」

そんなプスカシュですが、彼はオーストラリアの公用語である英語があまり上手でなく、一方でギリシャ語は得意だったとのこと。そこでプスカシュの通訳を買って出たのがアンジェ・ポステコグルーでした。ポステコグルーはサウス・メルボルンのキャプテンを務めていたほか、彼自身がギリシャ移民の家庭で育ったことからも適任だったのです。

プスカシュはポステコグルーによる通訳を介してチームを指導しました。といっても、プスカシュの指導はごくシンプル。毎週木曜の練習は、

◎たくさんボールを扱う練習が主体
◎「ほら、シュートを打て!」とプスカシュの声が響き渡る
◎守備練習はほとんど行われない
◎フィットネスに割く時間は更に少ない

という具合だったと当時のメンバーが証言しており、「2点取られたら3点取り返せ」というプスカシュの哲学が色濃く反映されたトレーニングを行っていたようです。

プスカシュの指導はシンプルかつ効果的で、プスカシュが在任した1989年から1992年の4年間で、サウス・メルボルンはナショナル・サッカー・リーグ(1990−91)とNSLカップ(1989-90)でそれぞれ優勝を果たし、ヴィクトリア州のカップ戦でも2度優勝(1989、1991)という成績を収めました。後のインタビューで、ポステコグルーは当時をこう振り返っています。

「あのとき私は24歳か25歳くらいだった。チームは若者の集まりだったが、プスカシュは我々に対して恐れに立ち向かう意識を植え付けた。我々は試合に負けたり、失敗することを厭わなかった。彼は我々に対してとにかくフットボールを愛し、試合を楽しむよう求めた。このことは私のフットボールにも取り入れられているよ」

通訳だけでなく、時には運転手としてもプスカシュに師事したポステコグルー。「私の攻撃的なサッカーには彼の種蒔きがあったかもしれない」と言及するほど、車中のサッカー談義に花を咲かせたそうです。

こうした経緯から、アンジェ・ポステコグルーはフェレンツ・プスカシュの畳み人だったといえるでしょう。

ポステコグルーが畳み人に求めること

「私は父の口癖から大きな影響を受けた」と述べるポステコグルー監督ですが、「“ボス”と呼ばれていること」「攻撃的なサッカーを志向していること」「細かい指示など直接的な指導は行っていないこと」、そして彼のチームマネジメントはプスカシュとそっくり。これは彼自身がプスカシュに畳み人として仕え、プスカシュの教えや考え方を吸収した経験から来ていると思われます。

また、ポステコグルー監督は畳み人の重要性についても認識しています。クラブ・代表の両方で実績を残してきた彼は、現在もマリノスで行っているように、チームマネジメントの実務的な領域をヘッドコーチに任せてきました。

ポステコグルー監督がオーストラリア代表を指揮していた頃、ヘッドコーチとしてポステコグルー監督に従事していたアンテ・ミリチッチはこのように語っています。

「率直に言うと、(ポステコグルー監督に師事した経験は)私にとってフットボール博士号のようなものなんだ」
「指導することやチームの傍にいるということの他にも多くのことを学んだ。現代的なフットボールに対して、明確な哲学とアイデンティティをもった、実に総論的なアプローチについてのことだ」
「フットボールに関することだけではない。荷物の管理、移動、ミーティングの時間、動画、選手たちのオフシーズンの過ごし方や彼らの考え方、そして感じ方、ボディランゲージ、負傷者の入れ替え、食事の時間、リカバリー。とても細かいことが含まれている」

ミリチッチはこの経験を活かし、後にオーストラリア女子代表の監督を務めます。ちなみに、ポステコグルー監督の下でヘッドコーチを務めた指導者は他にもいて、

ケヴィン・マスカット(元シント=トロイデン監督)
ラド・ヴィドシッチ(メルボルン・シティ・ウィメンズ監督)
ケン・ステッド(元マッカーサーFC監督)
マイク・ピーターセン(元サウス・メルボルン監督)
ピーター・クラモフスキー(元清水エスパルス監督)
アーサー・パパス(鹿児島ユナイテッド監督)

彼らがポステコグルー監督の畳み人を務めました。そして現在は、

ショーン・オントン コーチ(元オーストラリアU-20代表選手)
ジョン・ハッチンソン ヘッドコーチ(元シアトル・サウンダース コーチ)
※ハッチンソンヘッドコーチはCOVID-19に伴う入国制限により、オーストラリアからオンラインで参加

彼らがポステコグルー監督の畳み人としてマリノスに帯同しています。

おわりに:アンジェの風呂敷を畳むのは誰だ

ポステコグルー監督は常日頃から彼自身の哲学を口にし、その実現を選手たちに求め続けるスタイルを採っていて、実際的な指導はヘッドコーチが行うことがほとんど。そんなポステコグルー監督の右腕を務めた面々は現在各地でキャリアを積んでいます。

この流れの根底には、ポステコグルー監督自身がフェレンツ・プスカシュに付き従い、チームのキャプテンそして通訳としてプスカシュの言葉や考えを咀嚼し、それをチームのメンバーに伝えた経験が活きているのでしょう。

畳み人の役割と重要性を知っているからこそ、ポステコグルー監督自身は広げ人に徹し、同時に自分のアイディアを実現する畳み人を求めています。畳み人として得られるものの価値を、他ならぬポステコグルー監督が深く理解しているからだといえます。

風呂敷を広げる人あれば、それを畳む人あり。ポステコグルー監督が広げた風呂敷を未来のために畳む存在は、果たして横浜F・マリノスというクラブに現れるのでしょうか。

<参考>
"Why does Real Madrid legend Ferenc Puskas have a statue in Melbourne?" - ESPN UK
https://www.espn.co.uk/football/real-madrid/story/4097372/why-does-real-madrid-legend-ferenc-puskas-have-a-statue-in-melbourne

"The Forgotten Story of ... South Melbourne and Middle Park" - The Guardian
https://www.theguardian.com/sport/blog/2014/oct/23/the-forgotten-story-of-south-melbourne-at-middle-park

"The university of Ange: How Postecoglou is inspiring a generation of coaches" - The Sydney Morning Herald
https://www.smh.com.au/sport/soccer/the-university-of-ange-how-postecoglou-is-inspiring-a-generation-of-coaches-20210226-p5767u.html

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