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 第1章 1-⓵金髪の少女


 幼い金髪の少女が一頭の仔馬と戯れていた。その幼い顔立ちには、東洋系の面影も見える。
 仔馬は生誕確率にも大変稀少な白馬であった。
 フェニックスと名付けられたその仔馬は、名牝である母馬の名声を引き継ぐ宿命の下、競走馬としてのデビューに備える日々を送っていた。

「さっきご飯食べたばかりじゃないの」
仔馬はしきりにエサをねだる仕草をする。甘えたように顔を寄せるフェニックスと、優しく抱きしめる少女。
 と、仔馬の長い舌が彼女の顔一面を覆い尽くした。
「キャッ!フェニックス⁉︎」
少女は苦笑いを浮かべながら、飼い葉桶に燕麦とトウモロコシを調合した飼葉を追加した。仔馬は一心不乱に飼葉を食べ始める。少女はその姿を見て、にんまりと笑った。

「エリー、夕食よ」
母親の陽子の声に、今日は何かな?シーフードピザかな?ビーフシチューかな?それともミートパイ?想像を膨らませた少女は、
「じゃあね、フェニックス」
と、声を掛け母親の後ろ姿を追いかけていく。

「パパ、来月ショーマが来るんだよね?ウチのお馬さんに乗るんだよね?」エリーがジャガイモとベーコン、ソーセージにとろとろチーズたっぷりのピザを頬ばりながら父のC・ウッドに嬉しそうに尋ねた。
「そうだよ。今日オーナーから連絡があって、3頭に騎乗してもらうことになったよ」ウッドがピザソースまみれのエリーの口元を拭きながら言った。
「やった〜!」少女は、満面の笑みを浮かべる。
「エリーはショーマが大好きだもんね」
「うん!ママのピザより好き」
と、ウィンクをして2人を笑わせた。

 フランスは、ノルマンディー地方のドーヴィル近郊。
 ノルマンディー地方と言えば、パリから200キロ離れた海辺のリゾート地であり、海に浮かぶ世界遺産モンサンミシェルや、カマンベールチーズが知れ渡っているが、競馬通にとってはドーヴィル=馬産地!ここは譲れないところであろう。

 ドーヴィルには、ドーヴィル競馬場とクレールフォンテーヌ競馬場いう2つの競馬場があり、かつてシーキングザパールとタイキシャトルが制したモーリスドゲスト賞、ジャックルマロワ賞というG1レースも開催される。
 街には、たくさんのブティックが並び、夏になるとパリの人々が休暇に訪れるため、21区目のパリ、との別名も持っている。
 なおかつ、7月から8月には2つの競馬場いずれかでほぼ毎日レースが開催され、6つのG1レースを含む重賞24競争が開催される。
 延べ2000頭以上のサラブレッドが出走する、正にサラブレッド天国なのだ。

 競馬に携わる者にとって、生涯1度は行ってみたい街ドーヴィル。その近郊に、ウッドが経営するクリストフ牧場がある。セーヌ湾を見下ろすことができる広大な牧場は、150年以上も前にウッドの曾祖父が開場した。ウッド自身も、幼少の頃から父に手ほどきを受けサラブレッドと格闘、コミニュケーションを取り続け、現在4代目として数多くのサラブレッドを競馬場に送り出していた。

 ウッドが先ほどエリーに言った3頭とは、ウッドの牧場で生まれ育った競走馬の事である。
 デビュー2年目の日本のヤングジョッキーがフランスに10日間滞在し、レース後にクリストフ家に宿泊することになっていた。
 ウッドも陽子もその家族も非常に楽しみにしていた。どんな若者だろう・・・幼少期からを養護施設で過ごしながらも、夢を叶えるために騎手になったのは、この世界では有名な話なのである。
 初の海外遠征がフランスで、しかも我が家に滞在すると言うのは、正に光栄の至りというものであろう。

「ヨーコはサッポロ出身だから、彼への思い入れも深いだろうね」
「そうね。札幌生まれの札幌育ちとしては、彼は、誇りよね。」陽子は温かいコーヒーをウッドに注ぎながら笑みを浮かべた。

「ねぇ、パパとママはどうやって出会ったの?」不意を突いた質問に、2人は顔を見合わせて笑いあう。
「さあエリー、明日は学校よ。歯磨きをしてお休みしようね」
「え〜!なんでよ〜教えてよ〜!」
「言うこと聞かないとショーマに言いつけるから。あ!」
「え〜⁉︎やだあ〜!パパおやすみなさ〜い!」
「エリーおやすみ。また明日」
陽子とウッドが目を見合わせて苦笑いをする。
 いつもはゲート再審査を課せられた、暴れ馬のような抵抗を見せるエリーも、ショーマという人参ですっかりおとなしくなったようだ。リビングと言うゲートを出て、母馬と手をつないで一目散に寝室というゴールへと駆け抜けてゆく。

フェニックスルージュ

 この作品を通して、養老牧場への牧草寄付等の引退馬支援を行います。その為のサポートをしていただければ幸いです。この世界に生まれたる、すべてのサラブレッドの命を愛する皆様のサポートをお待ちしております🥹🙇