翔べ君よ大空の彼方へ　　　　　7-⑬ 夢の原石

2024年9月25日 12:00

　翔馬が馬上から握り拳を差し出すと、1人の老紳士がにっこりと微笑み、2人はグータッチを交わした。
　残暑厳しい中山競馬場のスタンドから
温かい拍手が湧き上がった。白い髭がトレードマークの老紳士は喜びも一入の様子である。

　今や、彼は世界屈指の馬主であると言っても過言ではなかった。

　世界各国でホテルチェーンを展開しながら、馬主としては、世界の競馬史にその名を轟かせたガルデリネルジェス、フォンテンブロー、そして今季圧倒的な強さで仏三冠を成し遂げたサイレントマジョリティーと、飛ぶ鳥をも落とす勢いのジュスティーヌ•ロッシ•••彼はその圧倒的な財力を駆使し、競争生活を終えた引退馬の余生を支える為のプロジェクトを数年前から開始していた。

　そして、その過程の中で日本法人ソレイユレーシングホースクラブを立ち上げ、今夏、日本中央競馬会より馬主申請が裁可された事から、本日クラブとしての初出走を果たしたのである。

　記念すべき初出走馬は、トリコロールスター（牝2歳•朝日厩舎）であった。

　母はあのレザンドリー、そして父は伝説の一戦となった、あのジャックルマロワ賞でレザンドリーと熾烈な叩き合いを演じた、欧州最強マイラーのサンヴァレリーである。

　G1レース5勝のフォンテンブローの全妹であり、仏最強三冠牡馬サイレントマジョリティーの半妹という、世界屈指の超良血であるトリコロールスターは、中山競馬場芝1600メートル、13頭立てでメイクデビューを果たし、単勝1.5倍の圧倒的支持を背負い、大外枠を物ともせずに中段待機から捲り気味に進出、最終コーナー手前で先頭に立つと、一気呵成に急坂を登り切り、2着に4馬身半の差を付けるという、正に快勝を演じたのであった。

　ここにもまた夢の原石があった。
　世界は、夢の続きでつながっている。

　ロッシは右手を差し出した。
「それでは2週間後にフランスで！」

　翔馬も右手を差し出し、全力を誓い合う握手を交わした。
　それは、不変の友情を更に深める握手でもあった。

　今日の味方は明日の敵とはなれど、ホースマンとしては決して避けて通る事のできない道でもある。

　それぞれの場所で、静かに牙を研ぐ2頭の王者が相見えたその時、一体何が起こるのであろうか？

　互いに貫き通すであろうその信念の先に、一体何が待っているのであろうか。

　王者vs王者•••欧州最高峰の頂を目指す
、二強の対決が刻々と近づいていた。