2-❽ 勝利
まるでG1レースのような歓声が、茹だるような暑さ居残る新潟競馬場に響き渡る。
「さあ、残り100メートル!先頭はブレストファイヤー粘れるか?まだ2馬身の差がある!2番手には、サンダルラックが外から追い込んでくるが、その差はなかなか詰まらない!内からグレートスカイも差を詰めるがブレストファイヤー先頭!ブレストファイヤー先頭!勝ったのはブレストファイヤー〜!4連勝で新潟記念を制しました〜!そして大空翔馬、記念すべき、通算600勝目を重賞初制覇で飾りました〜‼︎」
デビュー7年目で初の重賞制覇となった翔馬に、満員のスタンドから翔馬コールが鳴り止まない。
馬上でピースサインをする2人の女の子と翔馬が笑顔を見せている。口取り式には翔馬の親友、翼も参加した。
自家生産馬の重賞制覇ほど嬉しい事はない。これぞ、生産者冥利に尽きる。
ようやく約束を果たした鞍上に翼は
「遅えよ!」と笑って声を掛け、娘達を馬上から降ろした。
「お兄ちゃんありがとう!」
「ありがとー!」
「じーじもありがとう!」
じーじ?
2人の女の子は、たくさんの観客の前で、馬に乗った興奮を隠せない様子・・・観客に大きく手を振り喝采を浴びていた。
翔馬は改めて師とグータッチをした。
「ナイスエスコート!」
「ありがとうございます!今日の走りは先につながります!」
やはり、自厩舎での重賞勝利は格別である。師はこれ以上ない笑顔を見せ、オーナーと握手を交わしている。
まだまだ頑張らなきゃな!
まぁ、とりあえず今日は翼に焼肉でも奢ってもらおう!と考えた翔馬であった。
「モーリスか・・・サンデーサイレンスの4✖️4だな」
「ああ。母親の無尽蔵のスタミナと、モーリスの重厚なナタのような切れ味がマッチすれば、欧州のパワーが必要な馬場も難なくこなせそうなイメージがするから」
「それと・・・・・・」
「ん?」
「手脚が長く、スマートな仔が出そうな気がする」
レース終了後の、新潟市内のとある焼き肉店の個室・・・翼は喜んで翔馬を誘った。久し振りの団欒であった。
「しかも、母親の父と祖母の父はともにダービー馬だ!」翼が自慢げに胸を張った。
競馬界を大いに沸かせた、人々に勇気を与えたあの小柄なヒロインが、この春引退し繁殖牝馬となった。
今期の受胎が確認されており、来年3月上旬に産駒が誕生の予定だ。
2ヶ月前、尾形スタリオンの生産馬を新潟記念に出走させると師から告げられた。まるで、
《言わなくてもわかるだろう!頼んだぞ!》という意味合いである。
2勝クラス、3勝クラス、オープンと現在3連勝中の、いかにもハーツクライ産駒らしく、古馬になって本格化した上がり馬・・・この結果次第で秋の天皇賞も視野に入れているという。
自厩舎、しかも翼の牧場生産馬・・・力が入らない訳がない。
秋のG1シリーズを目指す実力馬の多くが始動を始めるこの時期・・・何とか賞金を加算して王道路線に参戦したいもの。その陣営の努力が実を結び、見事勝利に導いた翔馬。
「ウチの生産馬で重賞を制覇したら、来年の彼女の種付け相手を選択する権利をプレゼントするよ!命名権も一緒に!」と、翼の上司に発破をかけられた。
その激に応えた翔馬である。
お互いに目指す目標は同じ。
世界最高峰のあのレースで勝負できる馬。そして一緒に・・・。
「分かった。牧場長に伝えておくよ。それにしても長かったな。6年か・・・」
「まあ、あまり気にしてなかったけどな。どんなレースでも1勝は1勝だからさ」
「大体、お前正直すぎるんだよ。この馬、僕じゃない方が持ち味が出ますなんて、4連勝している馬を手放す騎手なんてお前だけだ!」翔馬は苦笑いをした。
正直、翔馬は一流の騎手を目指そうとは思っていない。
本物の騎手になりたいのだ。
馬に寄り添い、馬を愛する心を持ち続ける、本物の騎手に。
そもそも、一流騎手とはどのような騎手なのか?
G1を多く勝つのが一流騎手なのか?勝ち星を量産するのが?
答えは分からない。
翔馬は馬のことをもっと深く知りたいと思っている。
馬とより深く関わり、馬の行動を分析して、どのようにコミュニケーションを取れば信頼と絆を築く事ができるのか、を探求したいのだ。
初めて馬に乗って感じたあの時の思いが、彼の思考的成長により、騎手という立場で競走馬の考察を深めたいということに発展したのだろう。
「これからはよ、どんどん行こうぜ!騎乗依頼だって引く手あまただろう?」
翼が翔馬のワイングラスをなみなみと満たした。
先月、翔馬は師に呼ばれ、衝撃の一言を告げられた。
フリー騎手への転身を勧められたのである。
厩舎に所属するメリットは様々あるが、自厩舎の競走馬に騎乗できる機会が増えるというのが第一であろう。
フリーの騎手の多くは《エージェント》といって、騎乗馬の確保、調整を専門とする業者に任せている。勝ち星を増やしたいのなら、その実力があるのならば、フリーへの転身は当然の流れである。
デビューして7年目、通算600勝の騎手ならば、様々な厩舎、オーナーからの騎乗依頼は引きも切らない。
翔馬の厩舎所属について、もう独り立ちする時期が来たと、更なる飛躍の為にフリーになるのが最善であると、師は判断したのだった。
今、厩舎には、来年のクラシックを狙える逸材がスタンバイしている。
父モーリス、母アスキー、母の父がモティヴェーターの《ゲメインシャフト》である。
新馬、1勝クラスを共に3馬身半差で圧勝し、次走は年末のホープフルS、1番人気も予想される逸材だ。
翔馬はこの馬でクラシックを獲り、師に恩返しをしたいと考えていた。いつ何時も自身を守ってくれた師の為に、何としても!
フリーへの転身は、来年のダービー以降という事で、師との話し合いは決着した。師は何やら考え込んでいる様子であったが。
全力を尽くさねばならない。
「ああ。これからが大事な時期だからな。いっそう注意して騎乗するようにするよ!」
2人は改めて乾杯をした。
PS・・・いつも目に留めて頂き感謝いたします。皆様に報告があります。
次回作より、有料配信(1ヶ月500円で月8回、毎週水曜日と土曜日の午前8時配信)に切り替わります。この作品を読んでくださった方々からの支援につきましては、全て!引退馬支援に使わせていただきます。支援実施の際は、noteにてご報告させていただきます。
物語はこれからが本編・・・拙作、拙者ではありますが、引退馬支援の為に1人でも多くの支援を頂きたく、
《飛べ君よ大空の彼方へ》
への引き続きの応援の程、宜しくお願い致します。
サラブレッドを、命を愛する皆様の大切な日々が、平安でありますよう祈らせて頂き、末筆とさせて頂きます。
7月28日
AKIRARIKA
この作品を通して、養老牧場への牧草寄付等の引退馬支援を行います。その為のサポートをしていただければ幸いです。この世界に生まれたる、すべてのサラブレッドの命を愛する皆様のサポートをお待ちしております🥹🙇