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  3-❻ 2人の背中

 快晴。午後3時を過ぎても日差しは衰えず、夏色の光が間断なく降り注いでいる
。雲はほとんどなく、風は緩やかに流れていた。

 英国本土の中央部、ヨークシャー地方にある緑に抱かれたヨーク競馬場。
 スタンドは、立錐の余地もないほどの観客で埋まっていた。競馬場だけではない。今や、全世界の視線が、この世紀の一戦に注がれていた。

 スターターの旗の合図を待ちわびるジョッキーと出走馬が、それぞれ逸る気持ちを抑えながら、緑の絨毯の上を、その感触を確かめていた。

 現在1番人気、地元の期待を一身に背負うラーヴルは笑みを浮かべた。
 彼の脚捌きに満足しているのだろう。
唯一の敗戦は、2着に5馬身差をつけ圧勝しての降着によるもの。実質、無敗の最強馬。地の利は我にあり!という心境であろうか。

〝多分、彼が行くのだろう・・・ならば、彼の直後につけて・・・〟

 未来は相棒と芝の感触を確かめていた。彼もまた笑みを浮かべた。

 米国三冠最終のベルモントS・・・あのダート2400メートルを圧勝したそのスピードとスタミナに絶対的な自信を持っているのだ。距離短縮は望むところ。
 彼に、迷いは微塵も見られなかった。

 B・バシュロンは、第4コーナー付近からゴールまでの直線を入念に確認していた。
 過去に、彼が騎乗したどのG1馬よりも、強烈な末脚を持つ相棒を、いかに爆発させるか。作戦はただ1つ!
 彼は、頷いた。

 ゲメインシャフトは何度も首を振り、超満員の観客で埋まったスタンドを見つめていた。異国の風景を、懐かしい風でも感じたのであろうか?翔馬は彼を思うがままにする事にした。

〝知ってるか?君の母親はフランスで産まれて、そのお父さんは英のダービー馬なんだぞ!〟翔馬は彼のたてがみを優しく撫でている。

 やがてゲメインシャフトは何かに納得したのであろうか、その馬体を芝コースへと向けた。翔馬が促すと、彼は目を覚ましたかのように緑のターフを軽快に駆けて行った。

 〝未来は必ず行くはずだ。仏ダービー馬は追い込んでくる。英ダービー馬は先行抜け出しがいつものパターン。ならば・・・〟翔馬は頷いた。

 ロッシはガルデリネルジェスの返し馬に満足していた。力みも抜け、四肢の捌きがしなやかで軽い。
〝それにしても、日差しが強いなあ!〟
 目を凝らし、他の出走馬の動きをオペラグラスで確認していたその時、彼の手の動きが突然止まった。

 彼の目に映ったその鮮やかな光・・・
彼はその光に見覚えがあった。
 忘れもしない・・・あれは、彼が日本に帰国する際の事。
 彼の背を照らした、眩い黄金の光。
その光が今、永遠の好敵手と認め合う2人の背を照らしているのだった。

〝ああ、そうか・・・彼らは・・・〟

 この戦いをしっかりと目に、心に刻みこまねばならぬ。観客と共に。

 彼は、秘書と共に馬主席を離れ、超満員のスタンドへと降りていった。

 仏ダービー馬を管理する森永師も、異彩を放つ、その2つの光に気がついていた。彼もまた、魅かれるようにその光を見続けた。

「先生、どうしました?」
B・バシュロンが返し馬から戻って来たのだった。
「いや・・・素晴らしい戦いになりそうだ。どうか全馬がベストを尽くせますように」
 B・バシュロンが相棒の首筋を〝ポン〟
と叩いて頷いた。

 割れるような大声援を受け、スターターが旗を振り、夏の暑さを吹き飛ばすが如く、世紀の一戦の火蓋が切られた。


「スタートしました。全8頭揃ったスタート!さあ、先手を奪うのはどの馬か?ダッシュを効かせて半馬身程出たぞ!やはりこの馬だ!大外枠からの堂々の逃げ宣言
、2番人気米国二冠馬のヴァイオレットエヴァーガーデンあっという間に先手を奪った!1馬身から2馬身。2番手には英国の英雄、堂々1番人気のロゼッタストーン、ラーヴルがっちり手綱を抑えてインを追走、その外フェンシングボーイがロゼッタストーンと並走している!その後ろ、内から香港のリオデラプラッタ、外同じく香港のハッピーモーニング、香港勢が好位をキープ、1馬身離れて内に白い帽子、4番人気のゲメインシャフトだ!鞍上はマジシャンショーマ、今日も3勝を挙げているぞ!そのマジックで英国までも征服するか?外に紅一点、5番人気の愛オークス馬ディヴァインリリー折り合いはどうだ!この馬の末脚も侮れないぞ!そして最後方、3馬身離れて3番人気、仏ダービー馬ガルデリネルジェス、その自慢の豪脚を、どこでエンジンを吹かせるのか?
 国を越え、人々の思いを背負い、今精鋭8騎がこの物語の主人公の如し、ヨーク競馬場のターフを駆け抜けていきます。
 さあ、ヴァイオレットエヴァーガーデンのリードは3馬身、軽快に逃げ足を伸ばす!ロゼッタストーンはどこで動いていくのか?先頭から最後方まで9馬身。
 熱き陽光を浴び、緑輝くターフを8頭が颯爽と駆けていきます!今、世界中の熱き視線がこの一大決戦に注がれています!」

 未来は淡々とペースを刻んでいた。
ここまでは予定通り。未来は向正面で他馬の動向を見ながら、一度ペースを緩め息を入れさせた。何せ、あのダート2400メートルをハイペースで圧勝した馬だ。並の芸当ではない。

 未来は今や、人馬一体となっていた。
空を羽ばたく、美しき蝶のように。

 翔馬は光り輝くその背中だけを見つめていた。
 逃げ馬に乗せれば世界中探してもアイツの右に出るものはいない。ペースを緩め、速め、最後まで息を持たせる変幻自在の手綱捌き・・・翔馬には未来の動きが手に取るように予測できた。

 第3コーナー手前、翔馬は一列ポジションを上げた。左を走るディヴァインリリーが外を上がっていくと同時に、前を走るリオデラプラッタとハッピーモーニングの隙間に相棒を導いた。彼もまた、勝負が始まったのを理解したようである。

 第3コーナー過ぎ、ヴァイオレットエヴァーガーデンが一気にペースを上げた。
 ロゼッタストーン、ラーヴルの手綱がピクリと動く。ディヴァインリリー、ゲメインシャフト両馬がロゼッタストーン、フェンシングボーイに馬体を並べた。
 最後方ガルデリネルジェス、B・バシュロンが〝まだここではないぞ!〟と相棒とコンタクトを取りながら、そのアクセルを吹かす瞬間を虎視眈々と狙っていた。

 先頭ヴァイオレットエヴァーガーデンが最終コーナーに入った。
 リードは4馬身。未来が彼に合図を送った。

 その瞬間、彼の背中が光り輝き、人馬は空を駆けるかのように緑のターフを蹴散らしていった。

人馬一体!未来が駆ける!


PS・・・いつもお目に留めていただき、
心より感謝致します🥹🥲次回の配信は
10月28日土曜日午前8時です。朝日未来vs大空翔馬の戦いが決着?🔥🔥軍配はどちらに🐴🐴💨💨ヨーク競馬場が揺れます📣📣それではまた、お会いしましょう
😊🙏
        AKIRARIKA

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