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  2-㉔ 日本ダービー

 激しい雨が降りしきる過酷なレースコンディションの中、3歳馬の頂点を目指すその戦いの幕が開けた。
 重い馬場にも負けず、先手を主張する馬が四肢に力を漲らせ、前へ前へと飛び出して行く。
 先手を奪ったのは、外枠14番、戦前の予想通りのユーアーマイン。不良の新馬戦を大差勝ちした皐月賞4着馬である。
 最初のコーナーを回り、2番手につけた
シップウドトウに2馬身のリードをつけ、レースの主導権を握った。

 翔馬は最内を生かし、イン5、6番手に収まった。

 真横には、前走青葉賞で自ら手綱を取ったストロングクーガーが天才鷹に操られ、ターフを駆ける。その後ろに前走青葉賞勝ちのジャンヴァルジャン、その横に皐月賞2着でこちらも不良の新馬戦圧勝のバッケンレコードが、中団外めの好位でレースを進める。1馬身離れて、こちらも末脚自慢のスターダイナマイト、今回は早仕掛けはしないぞ!という位置取りで機を伺っている。真横にバンドネオン、直後に5〜6頭が密集し、先頭から最後方まで約10馬身圏内で第2コーナーを過ぎ、ユーアーマインのリードは3馬身、後方の馬群は一固まりとなってその背を追う展開である。

「それにしても、ぴったりマークして走っていますね」
 双眼鏡を覗きながら、翼が呟いた。今日は病院で観戦するという父から借りた、倍率50倍デジタルカメラ搭載の優れ物の逸品である。
「ああ。ウチの馬がどれだけついていけるかな?天才のお手並み拝見だ!」

 人馬共に泥を被る過酷な戦いを見つめる熱い視線がここにあった。


「ショーマ・・・がんばれ‼︎」
寝藁の上に寝そべる白馬と共に、馬房に備え付けられているモニターにエールを送る金髪の少女。

「なかなかに厳しい戦いだな。なんてクレイジーな馬場なんだ!」
 ルームシェアをしている騎手仲間が誰ともなく呟く。熱い視線を送る彼もまた頷いている。

 3人の子供を中心にして、牧場スタッフ勢揃いのリビングでは、自家生産馬と翔馬にその全ての視線が注がれている。

「先生、翔馬君の馬は大丈夫ですか?」入院患者よりも馬券を、いや翔馬を心配する看護婦のコンビ。

「うひゃあ〜、みんな泥だらけだぞ!」
施設の体育館に設置された大型モニターを見つめる近隣住民とたくさんの子供達。

「リブロースステーキとサーロインステーキ、各3人前入りました〜!」
 画面をチラ見しながら、ステーキ用の肉に塩、コショウを振る居酒屋オーナー。

「翔馬君、ファイト!」
関西テレビの競馬中継で、そのレースの成り行きを見守る女性アナウンサーの呟き。

 世界中のあらゆる場所で、それぞれの人馬に思いを馳せながら、その結末を注視していた。


 1200メートル通過、1分19秒ジャスト。馬場条件等を差し引いたとしても、明らかな超スローペースでレースは進行していた。
 単騎で逃げるユーアーマインが3コーナー過ぎでペースを上げ、2番手以下を4馬身ほど引き離し、ほぼ一団となった17頭にプレッシャーをかける。

 極悪の馬場・・できる限りスタミナを温存し、前を走る1頭に最後の直線で勝負を仕掛ける各馬という様相を呈している。

 現在インの4番手、翔馬はどこかのタイミングで外に出せれば、と、泥だらけのゴーグルの奥で視線を、アンテナを四方に張り巡らしていた。

 何かの予兆はないか?どのコースを通り、各馬どのタイミングでスパートするのか?思考が瞬時に頭の中を駆け巡って行く。

 幸いにも相棒は、雨にも重たい馬場にも嫌気をさす事なく走っている。ただ、「もっと広いところを走らせてくれ!」
と、言っているかのようだ。両の手の手応えの強さがひしひしと伝わってくる。

 しかし・・・前を走るあいつは手強いぞ!
もう少し待ってくれ。必ず、広い場所を走らせてあげるからな!

 相棒はその事を理解しているのか、鞍上の合図を待っているかのように、力強く四肢を躍動させている。

 まもなく全馬が最終コーナー入り口に差し掛かる。逃げるユーアーマインが一足先にコーナーを回り直線に向かった。

「さあ、栄光のダービー馬の称号を目指す最後の直線だ!先頭はユーアーマイン、ユーアーマイン先頭!2番手にシップウドトウその差は4馬身!極悪の不良馬場を駆け上がる!ユーアーマイン、新馬戦の再現か?逃げる逃げる!手応えはどうだ?ランフリーもインを突いてやって来る!馬体を併せてラッキークラウド、その後から来た、来たやって来たぞ!ゲメインシャフト、ゲメインシャフトやって来た!
ストロングクーガーと並んで馬群を捌いてやって来た!その外からジャンヴァルジャン、バッケンレコードも追撃態勢だ!スターダイナマイト馬場の真ん中をこじ開ける!あ〜とシップウドトウ、シップウドトウがバランスを崩した!落馬だ!直後、ランフリー、ラッキークラウド立ち上がる!鞍上プルアップしたが、ゲメインシャフトがあ〜っと!」


 彼には目の前のアクシデントがまるでスローモーションのように感じられた。

 その予兆は、あった。
翔馬は道中、真横にピッタリと張り付いているストロングクーガーの圧力を受けて、内に閉じ込められる形になっていた。
 どこかで外へ!
まず、ランフリーとラッキークラウドを行かせて進路を作るつもりであったのだが、直線の坂の手前で一瞬、2頭前を走るシップウドトウがバランスを崩したかのように見えたのだ。
 いや、正確に言うならば、バランスを崩すのではないか?と感じたのだ。

 真右を駆ける天才も、その動きを察知したのだろう、まるで以心伝心の如く、2人は右に握っていたステッキを瞬時に左手に持ち変え、右手で手綱を引き連打、進路を右に転進したのだ。

 天才は右隣を駆ける馬と接触する事はギリギリ避けたのだが、翔馬は結果、ストロングクーガーの馬体左側にゲメインシャフトの馬体をぶつける事になってしまい、バランスを崩してステッキを失ってしまった。

 ほぼ同時のシップウドトウの落馬、ランフリー、ラッキークラウドがブレーキを、翔馬はギリギリのところで落馬に巻き込まれる事は避けたものの、その間隙を突いてジャンヴァルジャンとバッケンレコードが2頭を抜き去って行った。
 体勢を立て直したストロングクーガーがその背を追っていく。

 しかし、レースは続いている。
先頭を走るユーアーマインまでは6馬身から7馬身・・・残り400メートル弱か・・・行くしかない‼︎

 ステッキを失った翔馬は相棒の首筋を何度も、何度も右手で叩き、彼に合図を送った。

「頼む!」

 相棒は、その合図を確かに受け取った。
 極悪の不良馬場をものともせず、風を切り、坂を超えて行った。

PS・・・いつもお目に留めて頂き、心より感謝申し上げます🙏次回配信は9月27日水曜日午前8時です。日本ダービーの決着はいかに⁉︎翔馬andゲメインシャフトは栄光を掴む事ができるのか?必読です🐴💨
それではまたお会いしましょう🙇🙏

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