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  2-❻ 生きる

 エリーはじっと白馬の脚元を見つめていた。
 前日行ったエコー検査では、負傷した右前脚と球節は順調に回復していた。ただし、靭帯断裂の影響もあり、やはり競争能力の回復には至らないとの事であった。

 それでもエリーは嬉しかった。
ダービー出走の夢は叶わなかったけれど、今こうして彼の息遣いを感じる事ができるから。

 エリーの思いが伝わったのであろうか、フェニックスが彼女の頬をペロリと舐めた。
「あははは、大丈夫だよ。それよりも、やっぱり今年もショーマ、フランスに来れないって。フェニックスも会いたいでしょ⁉︎」

 未だ衰えぬ新型コロナウィルスの猛威は、人々の交流さえも分断してしまう。
スカイプ等、画面越しに会う事はできるけれど、余計に寂しさを感じてしまう。

 それでも、フランスに来ることができない翔馬の為に、クリストフ一家と仲間達は一計を巡らした。
 画面越しではあるが、フェニックスの現在を伝えようと。

 再会を果たした翔馬は、
「よくぞ、ここまで回復を・・・」と涙を流し、心から喜びを表した。

 それほどの大事故であった。
新馬戦を圧倒的な強さで逃げ切ったフェニックスルージュは、次走も他馬をまるで寄せ付けぬ圧倒的勝利を収め、年内を休養に充てた。

 年明けのフランス2000ギニーと、フランスダービーを目指す為の調教中に、その事故は起こった。
 芝コースでの三頭併せの追い切り途中で、フェニックスルージュは故障を発生した。

 右前第一指節種子骨骨折、靭帯断裂・・・彼の右脚はブラブラと揺れている状態であった。すぐさま馬運車の中で麻酔を打たれ、専門病院にて緊急手術が行われた。

 サラブレッドは、その巨体を4本の手脚で支えている。
 3本で支える事はまず不可能である。
その体重を、4本の手脚で支える事で馬体重を分散するのであるから。

 それでも、彼と共に生きる!と覚悟を決めたホースマン達は、全力で戦った。
 彼の馬体を天井からワイヤーで吊るし、脚元にかかる負担を極力軽減し、彼が眠るその時は馬体を下ろし、数時間おきに馬体の向きを変える。血流が滞ることがないように、そして皮膚の壊死を防ぐ為に。
 いつの日か、彼が4本の手脚で立つ事を信じて・・・・・・。

 そして、その戦いにフェニックスは勝ったのであった。
 母ムーランルージュの分まで生きる!と、その瞳は日を追うごとに輝きを取り戻していった。

 フェニックスの馬房に飾られている1枚の応援幕。

 《You're strong horse! 生を掴み取れ!》

 日本からの贈り物だった。
フェニックスに会いたい。けれど、会うことができない。
 翔馬が1枚の応援幕に、《生きろ!》と思いを込めて記したものだ。
 翔馬の騎手仲間、施設の子供達、牧場関係者・・・たくさんの仲間の願いも込められていた。

 馬房には世界中のファンからの祈りのメッセージが飾られていた。
 お守り、絵馬、千羽鶴、メッセージカードが壁を埋め尽くすが如く。

 世界一賑やかな、祈り溢れた馬房で白馬は生きている。

 いつの日か、大輪の花を咲かせる為に、彼はこれからも生き続けるのだ。

フェニックスをブラッシングする幼少期のエリー


 PS・・・いつも作品に目を留めて頂き感謝します🥲次回配信は7月26日水曜日午前8時です。エリーが恋をしたみたいです🤣誰に?ではまた👋

 この作品を通して、養老牧場への牧草寄付等の引退馬支援を行います。その為のサポートをしていただければ幸いです。この世界に生まれたる、すべてのサラブレッドの命を愛する皆様のサポートをお待ちしております🥹🙇