私の名曲喫茶(2)セヴラック:祭り
時は1910年、フランス。スペインとの国境近くの街セレ。民族楽器コブラが鳴り響き、人々は輪になって陽気にサルダーナを踊る。そんなカタルーニャの文化の息づいた、街だ。ある日、コブラの楽団がいつものようにバリー広場で演奏していると、楽器に興味津々のようすの、若い男がいた。その男は、好奇心の塊のようで、楽団の右に行ったり、左に行ったり、離れて見たり、近寄って見たり、しまいには、楽器のベルの部分の下に顔を突っ込んだりして、終始そわそわしていた。
※コブラ=カタルーニャの民族楽器アンサンブルで、タノールとプリームという2種類のオーボエ、フラヴィオルという小さな笛、タンブリヌーという打楽器からなる
男の名は、デオダ・ド・セヴラック。作曲家だ。南フランス・ラングドック地方の農村サン=フェリックスに生まれ、パリのスコラ・カントルムで学び、作曲家として高い評価を得たが、都会の生活になじめずに生まれ故郷に帰り、やがて、もっと南のはずれに位置する、このセレの街に引っ越してきたのだ。セヴラックは地中海をこよなく愛していた。セレは彼にとって、「世界の中心である愛すべき地中海を臨む選ばれた地」だった。
ある晩、友人ヴィオレとコブラ楽団を聴いていたセヴラックは、彼の腕を激しくつかんで揺さぶり、言った。「この国、この音楽、この民俗、この光で、ぼくは絶対に何かをしなければならない」。セヴラックは、セレでカタルーニャを発見し、心底魅せられたのだった。両目は涙で潤んでいた。「僕はパリでは根無し草だったが、故郷へ帰って、祭で踊って、我にかえった」とセヴラックは語るが、南フランスの田舎に息づく踊りの文化は、セヴラックを鼓舞し、アイデンティティを支えるものだった。
セルダーニャ、とは、セヴラックの住むセレが属する、ピレネー山脈にまたがるセルダーニュ地方の、カタルーニャ語読みの呼び方。この地のさまざまな光景を音楽化したこの組曲を、「セルダーニュ」ではなく「セルダーニャ」と呼んでいること自体、セヴラックのカタルーニャへの接近を示す証だ。
セヴラックは、自らを好んで「田舎の音楽家」と呼び、それを誇りに思っているふしがあった。1907年に著した論文「中央集権と音楽の党派性」では、現代の作曲家たちがパリに集結し、音楽から地域性がなくなっていることを憂いている。論文の中で、セヴラックは吠える。
彼らはパリのためにパリの音楽を書く。こうして、彼らは自分たちが生まれたフランスの様々な地方に特有の特質から、どんどん徐々に離れて行ってしまうのである。
〈芸術〉の良き時代全てにおいて、その作品は、ある特定の地方にいる孤立した個人の表現であるのみならず、その地方の魂の総合そのものでもある。各地方は、それ特有の植生を〈自然〉によって与えられており、それら様々な種類の植物は、その特別な構造・本質・味わいをそれが生え出た土地に、それを成長させた太陽に負っている。或る種の植物が異なった気候において生育可能なのは確かであるが、その果実はいかに違っていることか!
そして、ワインを例に「特産地の味わい」へのこだわりを語る。これこそがセヴラックの音楽づくりのスタンスであり、彼は、民族楽器や素朴な民謡、踊りなどから、見事に、南フランスの「特産地の味わい」を抽出して、音楽に封じ込めたのであった。そして、このことが、セヴラック作品の、フランス的でもありスペイン的でもある、固有の魅力を醸し出しているのである。彼は、晩年、バルセロナとマルセイユの中間に、地中海の音楽を発信する拠点として、地中海音楽学校をつくる構想もいだいていた。
組曲《セルダーニャ》の第2曲〈祭り〜ピュイセルダの思い出〉は、セヴラックの親友でありピアノの師でもあった、亡きイサーク・アルベニスの娘ラウラに捧げられている。
ピュイセルダはスペイン国境の街。物語的に書かれた作品で、祭りの喧騒のなかで突如現れる「魅惑的な出会い」と記された、旋法的な美しい旋律は、ラウラとの出会いを表現したものだろうか。祭りの光景は、ラッパのファンファーレで騎兵隊の行進と遭遇したり、色とりどりの変化を見せ、突如、ファンダンゴのリズムが現れるところで、「ここで親愛なるアルベニスに出会う」と記されている。セヴラックは、アルベニスの未完の作品「ナヴァーラ」の補筆も担当しているが、スペイン的なるものへの傾倒は、この師に学んだ影響も多分にあるだろう。セヴラック特有のlointain(遠く)という記譜が、さまざまな奥行きを生み、師アルベニスへのオマージュを感動的なものにしている。憧れを滲ませたレチタティーヴォで、セヴラックは亡き友になにを語りかけているのだろうか?
セヴラック:《セルダーニャ》より〈祭り〜ピュイセルダの思い出〉
内藤 晃(2019年4月ライヴ録音)
アルベニス:ナヴァーラ(セヴラック補筆)
内藤 晃(2012年4月ライヴ録音)
セヴラック:《休暇の日々から 第1集》から〈ロマンティックなワルツ〉
内藤 晃(2009年2月ライヴ録音)
音楽の奥深い面白さを共有したいと願っています。いただいたサポートは、今後の執筆活動に大切に使わせていただきます!執筆やレッスンのご依頼もお待ちしています(officekumo@gmail.com)。