ツイン・ピークス The Return 観察日記(第16話)
先日『ブレードランナー2049』を見てきました。
25年ぶりの復活だった『ツイン・ピークス』を10年上回った約35年ぶりの続編です。
オリジナルと真面目すぎるくらい真面目に向き合った作品で、そこがむしろ長所にも短所にも感じたくらいでした。
未見の方のためにネタバレになるようなことは一切書きたくないし、新作の内容には触れるつもりはないけれど、鑑賞前、オリジナルの『ブレードランナー』を見ていて、けっこう新しい発見というか、『ツイン・ピークス』との親和性があることに気がつきました。
たとえば、レプリカントの生みの親である天才科学者エルドン・タイレル博士の部屋にはフクロウが飼育されています。
フクロウは特徴的な大きな瞳を持つ鳥です。
ブレードランナーたちがレプリカントと人間を見分ける方法のひとつが、瞳の反応を調べることなので、その象徴としてフクロウを登場させたのでしょう。
また、瞳は監視社会の象徴でもあります。
そして、そこに『ツイン・ピークス』的な観点を付け加えるなら───まさに〈フクロウは見かけとは違う〉ということ。
タイレル博士のフクロウも、じつは本物ではなく、レプリカントなのですが、人間そっくりに作られたレプリカント───つまりヒトの分身(トゥルパ)が記憶や魂の存在を追い求めて、創造主たる人間に復讐しようとするという構図も、『ツイン・ピークス』と比較すると非常に興味深いです。
また『ブレードランナー』は古き良き探偵小説や、いわゆるフィルム・ノワールの雰囲気とSFの世界観を融合させた作品です。
レイモンド・チャンドラー『ロング・グッドバイ』で主人公の探偵フィリップ・マーロウが、事件の意外な真相へ迷い込んだように、ブレードランナーのデッカード(ハリソン・フォード)はレプリカントたちを追っていくうち、自らの〈獲物〉であるレプリカント美女のレイチェルと恋仲になったり、彼自身のアイデンティティが混乱していく───といった部分も、デイル・クーパーの姿に重なります。
あるいは『ブレードランナー』も『ツイン・ピークス』も、商業的に必ずしも成功作とは言えないけれど、その後作られたドラマ、映画、CM作品、漫画、小説、あるいは視聴者や観客の潜在意識に訴えかけるパワーはすさまじく、一度大好きになったら一生引きずってしまうような影響力を持つ作品になった、という共通項も。
さて、そんな新作シリーズも今回含めて残り3話。観察日記もそろそろ終わりが近づいてきました。
ああ、うれしいような、さみしいような……。
●〈座標〉
ヘッドライトが闇を照らし、路面が浮かび上がる。
車に乗っているのは黒クーパーとリチャード・ホーン。
リチャードはコンビニエンスストアからおとなしく付いてきたものの、何をされるのかわからないので、運転席の黒クーパーをチラ見。落ち着かない様子である。
黒クーパーは運転をしながら、GPS端末のようなもので座標をチェックしている。
やがて目的地に到着する。
広々とした丘のような場所だが、夜なので周囲になにがあるのか、どれくらいの広さがあるのか、はっきりわからない。
車を降りる二人。丘の頂上に大きな岩がある。
黒クーパーがリチャードに言う。
「俺はある場所を探していて、3人から座標を手に入れた。そのうち2つが同じ座標だった。お前ならどうする?」
リチャードは「その座標をまず調べると思う」と返答。
「お前はなかなかスマートだな。すぐそこがその座標の位置だ。あの岩のあたり」と息子を褒める黒クーパー。
二人して丘を登っていく。
黒クーパーが座標を聞いた相手というのは、レイ、フィリップ・ジェフリーズ……あとひとりは誰だ?
そこへ偶然なのかなんなのか、ジェリー・ホーンが山から降りてくる。
ということは、この丘もツイン・ピークスのなかにあるのかも。
そしてジェリーは二人を見つけ、歩みを止める。
「ひ、人か〜?」 はい、偶然でした(笑)。
ジェリーは彼らの正体を確かめようと、荷物のなかから双眼鏡を取り出す。
しかし大きいレンズの側から覗いたので、黒クーパーとリチャードの姿が豆粒のよう(苦笑)。
岩の近くまで来ると、黒クーパーはリチャードに端末を手渡して、こう命令する。
「俺はお前より25歳も年上だ。お前があの岩に上がって確かめてこい」
ついさっき強烈すぎるパンチでギャングのボスを殺したばかりだし、そもそもなぜリチャードの年齢を知ってんの? と疑問に思うはずだが、ここでもリチャードは従順。まあ、やっと会えた実の父親だもんね。
縦3m、横10mくらいありそうな巨岩に上って、「ここだ!」と叫んだ。
その瞬間、リチャードは感電? 自然発火? する。
身体から強烈な火花を発し、下から溶けるように消滅。最後は頭部が爆発。
どういう仕組みのトラップ?
自分がひっかかるかもしれなかった〈罠〉を絶妙に回避し、冷静な顔つきでリチャードの最期を見届けた黒クーパー。
「さよなら、息子よ」と呟いて、車に戻る。
リチャードはやっと父親に会えたかと思うと、数時間後に殺されるという最悪の人生。
まあ、無残に男の子を轢き殺し、実の祖母や叔父をボコボコにし、貧しいが気立ての良いミリアムを半殺しにするようなやつだから、当然の報いか……。
運転席に乗り込む前にポケットから携帯を取り出す。
「: – ) ALL.」というメッセージ(すべて終わったのか、皆殺しにせよ、なのか……意味はてんでわからない)を打って送信する黒クーパー。
時刻は午前2時5分。
ただ、どういうわけか〈送信失敗〉の表示が……。
●ラスヴェガス・ダギーの家
ダギーの家の前に黒いワンボックスがやってくる。
乗っているのはシャンタルとハッチ。清掃会社に変装している。どこかで車ごと盗んできたのだろう。
どうやらダギーが家の外に出てきたところを拉致し、拷問の上、殺すつもりらしい。
少し遅れて黒塗りの車が2台到着。
FBIラスヴェガス支部のみなさんだ。チャイムを鳴らすが、ダギーの家からは誰も出てこない。
彼らはダギーの職場〈ラッキー7・インシュアランス〉へ乗り込むことにする。
ずっと上司に怒鳴られまくっているウィルソン捜査官はそのまま自宅前で張り込みを命じられる。
●病院
クーパーは病院に担ぎ込まれていた。喉には呼吸器が挿管され、身体中が管だらけになっている。
憔悴しきった表情のナオミ・ワッツと息子のサニー・ジム、保険会社のブッシュネル社長も病室で見守っている。
病状を医者から聞いてきたブッシュネルによると、クーパーは昏睡状態だが肉体的にはすこぶる健康とのこと。
「昏睡と電気は何か関係があるの?」とサニー・ジム。
「あるわけないでしょ」とナオミ・ワッツ。
「いや、今回の昏睡には関係あるぞ」とブッシュネル。
うーん、たしかにね。
ミッチャム兄弟とキャンディたち三人娘(もちろんあのピンクの衣装で)も、勢揃いでお見舞いにやってきた。
豪勢なお花はもちろん、ナオミたちのために軽食(フィンガーサンドウィッチ)まで携えてきている。
ミッチャム兄弟はすっかり善人になってしまった模様。
兄弟とナオミ&サニー・ジムは初対面だったので、高級車やおもちゃなど、彼らが一家に送った豪勢なプレゼントに対する感謝の意を、ナオミは彼らに伝える。
ミッチャム兄弟の親切心は止まらない。「お家の鍵を預けていただければ、食料品などを買い揃えてお宅に運んでおきますよ」。
ちょっと前なら怪しい申し出でしかないが、もはやナオミに警戒心は無い。
彼女はよろこんで鍵を渡す。
●メイフェア・ホテル
ゴードンやアルバートたちが基地として使っている部屋。ゴードンはなにか心配げな顔つきで山積みの機材を見つめている。
●クーパーの病室
尿意をもよおしたサニー・ジムを連れて、ナオミが病室の外に出る。
部屋に残っていたブッシュネルのもとに、保険会社から電話。
FBIがやってきたことを報告。彼らはその足でこの病院へ向かったらしい。
●ダギーの家の前
張り込みを命じられたFBIのウィルソンもラッキー7・インシュアランスからここに戻ってきた。
事態に進展が見られないシャンタルたちはイライラしている。
「なあ、サミーのことを覚えているか?」とハッチ。
「覚えてるけど、それがなに?」とシャンタル。
「あいつ死んだんだぜ。良いヤツだったよな。俺、金を借りてたんだ」
「気がとがめるってわけ?」
いいや、ぜんぜん……とばかりに手を振るハッチ。
そうこうしてるうちにミッチャム兄弟の白いリムジンが到着。
食料品の配達用トラックもちゃんと連れて来ている。
車から降りてくる兄弟を見て、「あのなかにダギーがいるのか?」とハッチが言うと、「クーパーにそっくりな奴はあそこにいないだろ、ボケナス」と怒るシャンタル。
彼らがどこまでドッペルゲンガーについて理解しているのかはわからないけれど、とりあえずダギーの人相は割れている模様。
「なんだよ、そんなにイライラしやがって。生理中なのかよ」とボヤくハッチ。
シャンタルはあまりに長いこと待ち伏せが続くので、買い置きしていたスナック菓子が最後の一袋になったことに腹を立てているようだ。
遠くから見守っているウィルソン捜査官たちも、突然出現した豪華なリムジンやピンクのドレスを着たキャンディたちに驚いている。
ミッチャム兄弟一行をダギー家に残して、トラックが立ち去る。
すると、車体に〈Zawaski Accounting inc.〉という文字が書かれた車が代わりにやってくる。向かいの家の住人らしい。
スキンヘッドでブルドッグのような顔つきの男。とてもじゃないが〈Accounting inc.(会計事務所)〉に勤めているようなカタギの人物には見えない。
ハゲ男は車を降りて、ハッチたちのバンに近づき、「うちの車庫に入れられないから今すぐトラックをどけろ」と文句を言う。
これにシャンタルが逆ギレ。「このハゲーッ!」と男を罵る。
すると男は自分の車にふたたび乗り込むと、車を直進させる。
ハッチたちのバンに正面衝突させて、闘牛のように無理やり押しのけようとする。
完全にキレたシャンタルは運転席から相手に向かって発砲。
運転席から逃げ出し、車の後部に回りこんだ男も銃で応戦。シャンタルは左腕を負傷。
ハッチがショットガンを撃ち返すあいだに、シャンタルがバンを急発進させ、その場から逃げようとする。
男は持っていたフルオート化したハンドガン(グロック?)を連射。
車体を貫通した弾丸がシャンタルに当たり、彼女はあっけなく死亡。後ろの荷台部分にいたハッチも哀れ〈ハッチの巣〉に。
銃声に驚いて、ダギーの家から飛び出してきたミッチャム兄弟。
その光景を見て「このあたりはなんて物騒なんだ。みんなストレスを抱えてるのかな」と呑気につぶやく。
ハゲ男はその場にいたウィルソン捜査官たちによって緊急逮捕される。
●クーパーの病室
病室にいたブッシュネル社長は澄んだ鐘のような音が聞こえるのに気がつく。
グレート・ノーザン・ホテルの壁の中から聞こえていたのと同じ音だ(そういえば、怪しい雰囲気になっていたビヴァリーとベンジャミン・ホーンはどうなったんだろう?)。
ブッシュネルは音の出どころを探して、病室を出ていき、クーパーがひとりで病室に残される。
すると、さっきまでナオミたちが腰掛けていた椅子のあたりに片腕の男マイクとブラックロッジの床が出現。
そして、クーパーが突然昏睡から解け、酸素吸入器を自らもぎ取って起きあがる。
マイク「目覚めたようだな」
クーパー「100%完璧に」
マイク「ただ〈もうひとり〉がまだ外にいて、戻ってこないのだ。これを受け取ってくれ(と言って、例のフクロウのリングを差し出す)」
クーパー「なあ、〈種〉は持っているか?」
マイクが無言でポケットから金色の玉を取り出す。ダギーがブラックロッジで消滅したとき、椅子に残っていたアレは〈種〉だったのだ。
クーパー「(クーパーは後ろ髪を抜いて、マイクに差し出す)もう一体必要になったんだ。作ってくれ。頼む」
マイク「了解した」
クーパーが指輪を枕の下にそっと隠すと、トイレに行っていたナオミとサニー・ジムが戻ってくる。
すでに目覚めているクーパーを見て驚きの声を上げる。
サニー・ジムは暗い顔の目立つ子どもだったが、すっかり笑顔になって、クーパーに飛びついてよろこぶ。
「それ見たことか! わたしの言ったとおりだ!」とブッシュネルも病室に戻ってきて、快哉を叫ぶ。
医者を呼んでくるようにナオミにてきぱきと指示すると、ブッシュネルに「腹が減って死にそうだから、そのサンドイッチを取ってくれないか」と言う。
FBIが君をさがしているらしいぞ、とブッシュネルが教えると、クーパーは「それは都合がいい。パーフェクトだ」と答える。
ナオミたちが主治医(黒人の女医)を連れてくる。
彼女が体調をチェックすると、退院するのに充分な健康状態であることがわかり、すぐに退院許可書を書く、と言う。
「ジェイニーE。車を表に回してくれ」
昨日とは打って変わって、精悍な顔つきになっているクーパーだが、後頭部に寝ぐせがついていておかしい。
そういえば旧シリーズのときも、ホテルで目覚めるとよく寝ぐせになっていたっけね。
ブラックスーツに着替えたクーパーは、ブッシュネルに「あなたがいつも持っている32口径の銃をお貸しいただきたい。あと、ミッチャム兄弟に連絡を取っていただければ」と頼む。
電話口に出たロドニー・ミッチャムに「ワシントン州のスポケーンに行きたいんだ」と告げるクーパー。
彼は「自家用ジェットの準備を今すぐしておこう」と応じ、20分後にシルバー・ムスタング・カジノで落ちあう約束をする。
「女の子たち、スポケーンへ飛ぶぞ」とブラッドリー・ミッチャムがキャンディたちに声をかけた瞬間、流れ出す「Fallin’〜ツイン・ピークスのテーマ」。
病室のクーパーは一枚のメモをブッシュネルに託す。
「ゴードン・コールという男から電話があるはずだ。そのときこれを伝えてほしい」
そして握手し、「あなたから受けた御恩は忘れません」と言って、病室から出ていこうとする。
「FBIはどうするんだ?」とブッシュネルが言うと、クーパーはくるりと振り向いてひとこと「わたしがFBIなんだ」。
ついに25年間の〈昏睡〉状態から、『ツイン・ピークス』の世界がほんとうに目覚めた瞬間だ───天国の川勝正幸さん、見てますか?
ナオミたちとともに車で去るクーパー。
入れ替わりに、FBIラスヴェガス支部の連中が病院のロータリーに入ってくる。
カジノに向かって、ハイウェイを走っているとサニー・ジムがひとこと「父さんって運転が上手だね」。
もうすぐ彼らとクーパーの別離も近づいている。
ナオミは薄々それを感じているかのような表情だ。
●メイフェア・ホテルのバー
いつものバーのいつもの席で、煙草をくゆらせ、酒を昼間から飲んでいるダイアン。
今日は水色のチャイナ・ドレス風のブラウスを着ている。
メールが着信。メッセージは「: – ) ALL.」。
前日の深夜に黒クーパーが送ったメールがやっと今(スマホの表示では16時32分)になって届いたということか。
文面を見た瞬間、全身が凍りつくダイアン。動揺が抑えきれない様子だ。
「思い出したわ……クープ」 彼女は長い数字(48551420117163956)を返信する。素晴らしい記憶力。
「うまくいくかしら……」とダイアン。どういうことだろう?
で、黒クーパーに座標の情報を提供した3人のうち、最後のひとりがダイアンということなのか。さっきの台詞だと、もうすでに3人から聞いたあとのような気もするが。
ダイアンが膝にのせているハンドバッグの中に、ピストルと煙草(もちろんリンチが愛飲する「アメリカン・スピリット」)がちらりと見える。
立ち上がって何処かへ歩き始めるダイアン。
と、同時に第1話で黒クーパーが最初に登場した時にかかっていたマディ・マグノリアズの「American Woman」のデヴィッド・リンチ・リミックスがふたたびBGMで流れる。
般若のような顔つきのダイアン。エレベーターに乗り込み、向かった先はゴードンたちのいる先ほどの部屋。
さっきピストルを見せられている視聴者としては、この先に起こりそうな出来事を想像してしまい、廊下を歩いているダイアンを見ているだけで気が気ではない。
ドアの前で立ち止まるダイアン。
部屋のなかにいるゴードンが彼女に声をかける。
「ダイアン、入りなさい」
ゴードンはなぜ彼女が来たことがわかったのだろうか?
ヒントはさっきのメールにあるかもしれない。
アルバートとタミーによって、ダイアンのメールのやりとりはすべて傍受されていたはずだ(何話だったか覚えてないが、そういう描写があった)。
黒クーパーから送られてきたメールを解析し、ダイアンへ転送されるまでに先ほどのタイムラグが生じた可能性は否めない。
部屋にやってきたダイアンはゴードンたちに「クーパーと最後に会った夜の出来事について話しておきたい」と言う。
彼女がハンドバッグのなかに手をやる。
煙草を取り出すためなのだが、銃が出てくるのではないかと、ハラハラする(笑)。
「クーパーから連絡が途絶えて3〜4年経った日のことよ。わたしがまだFBIにいた頃の話。ある夜、ノックもせず、ドアベルも鳴らさずに、クーパーが家の中に入ってきた。わたしはリビングルームに立ってたんだけど、彼に会えて、ほんとうにうれしかったわ。彼を抱きしめて、ソファに座わらせた。そして話を始めたの。わたしは全部知りたかった。いなくなっていたあいだ、どこにいて、なにをしていたのか───でも彼はFBIでなにが起きていたかを、わたしに尋問するかのように聞いた。そしてわたしの側に来て、キスをした。前にも一度そういうことがあったんだけど、でもその時は唇が触れた瞬間、何かがおかしいって気づいたのよ。わたしは怖くなった。彼もそれに気づいた。で、微笑んだの。微笑んだ彼の顔は……(ダイアンの台詞には無いが、おそらく旧シリーズの最終回で鏡を額で叩き割ったあとのような笑顔だったのだろう)。そして、わたしを暴行した……レイプしたのよ。その後、わたしはどこかに連れて行かれた。そこは……古いガソリンスタンドだった」
ここで、また彼女にメールが届く。「: – ) ALL.」
さっきとまったく同じ文面。
何かと必死で戦っているような表情のダイアン。
「わたしは保安官事務所に……保安官事務所にいる……。彼に座標を送ったの……わたしはわたしは保安官事務所にいる……なぜなら……わたしはわたしじゃないから(I’m not me…..)」
バッグの中に手を伸ばし、銃を取り出してゴードンたちに向けるダイアン。
しかし彼女が発砲するより一瞬前に、彼女の異変を感じていたアルバートとタマラの銃が火を吹いて、ダイアンは撃たれる。
彼女は血を流すこともなく、斜め上にすっ飛んで消えた!
タミー「WOW、彼女は本物……本物の分身(トゥルパ)だったのね」
ダイアンの分身が消滅したあと、本物のダイアンはどこにいるのか。彼女の言葉通りなら、保安官事務所……まちがいなくツイン・ピークスの保安官事務所だろうけど、ダイアンはそこにいるという。
今、あそこにいるダイアンらしい人物といえば……Naido。
彼女の名前を組み替えると”Daion”となる。
えー、裕木奈江がダイアンなの?
●赤い部屋
赤い部屋送りになったダイアンが椅子に座っている。
片腕の男マイクが語りかける。
「誰かが君をこしらえたんだ」
ダイアン「知ってるわ。ファック・ユー」
彼女の頭がゆで卵のように割れ、中から金の玉(Seed)と黒い煙が出てくる。
そして肉体は消失し、椅子の上に〈種〉が残る。
マイクの言葉によると、トゥルパは本人じゃなくても〈種〉と髪の毛のような部品があれば作ることが出来るということだ。
ダイアンの場合、どこかのタイミングでトゥルパと本物のダイアンがすり替わっていたのだろう。
黒クーパーが来るべきこの日のために、ゴードンたちの動きを掴み、利用する目的で。
●シルバー・ムスタング・カジノ
ミッチャム兄弟がクーパーたちの到着を待ち構えていた。
昏睡前のダギーと比較して、あまりの変貌ぶりに驚いているふたり(結局、昏睡の副作用だということで飲み込む)。
クーパーはカジノの一角にナオミとサニー・ジムを連れて行き、こう語りかける。
「しばらく遠くへ行くことになった。君たちと過ごした時間はほんとうに楽しかった。心が満たされるようだった。わたしたちは家族だ。ダギー……いや、わたしはかならず君たちのところへ帰ってくるからね」
「あなたはダギーじゃないの?」 ナオミが問いかける。クーパーは答えない。
「違う、あなたはぼくの父さんだ!」とサニー・ジムが言う。クーパーはうなづく。「そうさ、わたしは君のパパだ、サニー・ジム。わたしは君たち二人を愛している」 二人をきつく抱きしめるクーパー。「もう行かないといけないんだ。じきに赤いドアの家に戻る。そしていつまでも一緒に暮らそう」
立ち去ろうとするクーパーを泣きながらナオミが引き止め、そしてくちづけする。「あなたが誰であろうとも……ほんとうにありがとう」
クーパーはミッチャム兄弟たちと共に飛行機へ向かう。
オードリーとのあいだに作った息子を自分の身代わりとして見殺しにした黒クーパーもひどいが、愛すべき夫であり父でもあったダギーになりかわったこっちのクーパーも罪作りである。
しかも、クーパーとしての意識は、ダギー時代にも表に出ないだけでしっかりあった模様。
ということは、ナオミとの激しすぎる夜の営みもちゃんと覚えているのだ。
もし片腕の男がクーパーの代わりに作った分身が、本来のダギータイプなら最悪の結末だろうな(笑)。
ミッチャム兄弟のリムジンで空港に向かっている一行。
クーパーはマグカップではなく、耐熱ガラスのコップでブラックコーヒーを優雅に飲んでいる。
車内でクーパーはミッチャム兄弟に事情を説明したらしい。
ロドニーがクーパーの説明を整理する。
「要するにダギー、おまえは保険会社の社員じゃなく、FBI捜査官で、25年間失踪していた。これから行くのはツイン・ピークスという町の保安官事務所……ってことだよな?」
「われわれはお前を愛している。ただ、そういう小さい町じゃ俺たちみたいな人間はまず歓迎されないんだ。特に、悪人を取り締まっている保安官みたいな人間にはな」 とブラッドリー。
「気持ちはよくわかる。だが友よ、これからはそうじゃなくなるんだ。君たちふたりは黄金の心の持ち主だということをわたしは知っている」とクーパーが語る。
「そうよ、そのとおりよ」キャンディも笑顔で同意する。感無量のミッチャム兄弟。
●バン・バン・バー
MCのJRスターが松ぼっくりマイクで今宵のゲストを紹介する。
「今夜、ロードハウスで歌ってくれるのはEdward Louis Serversonです」
つまり、パール・ジャムのヴォーカリスト、エディ・ヴェダー。
一見、エディとリンチとは世界観的に接点がなさそうな印象があるけれど、じつはきっかけを作ったのはもともとエディと親友だったローラ・ダーンらしい。
この曲「Out of Sand」はドラマのために書き下ろされた新曲で、第16話の内容と歌詞も大きくリンクする。
たとえばサビ部分の歌詞───Now it’s gone, gone / And I am who I am / Who I was I will never be again(行かなきゃ、もう行かなくては/わたしはわたしなんだ/わたしが過去に誰だったとしても、もう二度と戻れはしないだろう)はまるでクーパーの独白のようだ。
しかし、リンチの音楽面でのスーパーバイザーであるディーン・ハーレイによれば、エディは脚本を読んで書いたわけではなく、ディーンから抽象的な曲のテーマを与えられただけだったらしい。
だが、彼が書き上げた曲はこのエピソードの最後に歌われるのにふさわしい内容で、これにはリンチも大喜びだったそうだ。
エディの歌声が響くなか、オードリーとチャックがロードハウスのフロアに腕を組んで入ってくる。
カウンターに坐ってマティーニで乾杯するふたり。
チャック「わたしたちに乾杯しよう」
オードリー「いいえ、ビリーに」
ここでおかしなことが起きる。MCがこう言う。
「さあ、次にお届けするのは〈オードリーのダンス〉です」
フロアを埋めていた客が壁際に移動し、ステージ上の照明が紫色に変化、そしてさっきまでいなかったバンドが勢揃いしている。
耳馴染みのある、あの曲が流れ始めると、オードリーは催眠術にかかったようにフロアの真ん中に歩み出て、音楽に合わせて身体を揺らし始める。周りに立っている客も海藻のようにゆらゆらと揺れているのがおもしろい。
恍惚とした表情でオードリーが踊っているところにひとりの男が乱入してくる。
「モニークは俺の女房だぞ!」 男は自分の妻の浮気相手にビール瓶をぶつけてひるませ、床に倒してボコボコに殴りつける。
オードリーはチャックのところに逃げ、彼にこう言う。「ここから逃がして!」
画面が一瞬でジャンプし、真っ白い部屋の中に置かれた鏡に向かって、ノーメイクのオードリーが叫んでいる。
「何、何、何が起こったの?!」ってこっちの台詞だよ!
まるで長い昏睡から冷め、自分の老いた姿を初めて見たような顔つきのオードリー。
そして、例の電気の音が闇の中で唸りを上げる……。
エンドクレジットは〈オードリーのダンス〉の逆回転バージョン。
さっきのバンドが演奏している。彼らはブラックロッジ専属楽団といった感じなんだろうか。
*********
ということで、クーパーだけでなく、どうやらオードリーも昏睡状態から冷めたようです。
ダギーになっている間も、じつはちゃんと意識があって、しっかり記憶も残っているクーパーと違って、オードリーのほうは寝てる間に25年分老けちゃった……というなら、とんでもなくかわいそうです。
また、ダイアンやダギーが〈種〉によって作られた分身(トゥルパ)だとわかり、彼らを作るための具体的な方法がはっきりしました。
材料は〈種〉、そして元になる人間の髪の毛など。
それを片腕の男のような向こうの連中に渡すと作ってくれます。
でも、こんな仕組みで分身が生まれるなら、二体、三体、四体と次々複製が作れてしまうわけで、けっこうまずいですよね。
もともと〈種〉の数が限られていればいいんですが……。
あと、ブラックロッジに連れて行かれる方法がいくつかあることも、この新シリーズを見てるとわかってきました。
まずひとつはフクロウの指輪を指にはめたとき。これは普通の人間だけでなく、ダギーのようなトゥルパもそうなりました。
ダイアンのトゥルパのように、こっちの世界で殺されたときも、一瞬でブラックロッジへ移動(斜め上に飛んでいく)します。
ただしトゥルパたちはあちらへ行くと、元の形でいられるのはほんのわずか。あとは顔が割れて、黒煙とともに〈種〉の状態に戻ってしまいます。
第14話のときのように、空にできる渦の力であちらに連れて行かれる時もあります。アンディやフレディは中に吸い込まれましたが、その場合は赤い部屋ではなく、消防士のところへ行けます。アンディはジャック・ラビット・パレスで集めた土くれをポケットの中に入れていたので、すぐに地上へ帰ることができました。
ちなみに第8話では、レイがクーパーを一度は撃ち殺しましたが、ウッドマンが出てきて〈治療〉を施し、彼がブラックロッジへ戻るのを阻止しましたよね。
ああしたからこうなった……という謎解きは確かに楽しいですし、ぼく自身もこの連載をとおして、少なからずそういうことをしてきました。
ただ、そういった謎に対する明確な回答がすべてほしいわけじゃない、とも心のどこかで思ってきました。
これは『ツイン・ピークス』の視聴者なら、そういう人がきっと多いはずです。
冒頭に書いた『ブレードランナー2049』は、あまりにきちんと回答を用意しすぎて、逆にそこが不評だったりします。客は神様だといいますが……贅沢ですよね(笑)。
もういよいよラスト2話しか残ってない時点でクーパーを覚醒させたリンチとフロスト。
ツイン・ピークスの地で彼に何をさせようというのでしょうか?
楽しみだけど……怖い(笑)。
オリジナル更新日:2017年11月12日
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