ライ・クーダーと鳥肌文化戦争

昨日、ひさしぶりにライ・クーダーのレコードを引っ張り出して聴いていたところ、注文していた『スペクテイター』の最新号が届きました。今回のテーマは《文化戦争》。おお、なんとタイムリーな。

スペクテイター〈52号〉文化戦争

ドナルド・トランプが大統領だった頃、さまざまな音楽家たちが彼に対するプロテスト・ソングを作ったけれど、とりわけ激しく怒りを顕にしていたのがライ・クーダーでした。アメリカ本土を出発点に、ハワイ、メキシコ、キューバ、沖縄……と境界（ボーダー）を縦横無尽に越え、さまざまな音楽を交配させてきた彼としては、国境に壁を作ろうとする大統領に歯向かうのは当然のことでしょう。

ライの名盤『チキン・スキン・ミュージック』（1976）の1曲目「ブルジョワ・ブルーズ」は、レッド・ベリーという黒人ブルーズ歌手のカヴァーです。レッドは殺人未遂で刑務所に服役中、黒人音楽の研究家として著名なジョン＆アラン・ローマックス親子によって《発見》されました。そして、親子の尽力で早期釈放されたレッドは、アメリカ議会図書館でレコーディングを行います。そのあとワシントンの街に意気揚々と繰り出したのですが、あらゆる場所で差別を受け、ローマックス親子（白人）に伴われて行ったレストランでも食事にありつけませんでした。そんな屈辱的な出来事をモチーフに作ったのがこの曲です。

ブルジョワ・ブルーズ（The Bourgeois Blues）

俺と女房は街に繰り出した
どこへ行っても
みんなは俺たちを拒絶した
おお神よ
ここはブルジョワの街
ブルジョワ・ブルーズで
このニュースを広めてやるのさ

勇者の故郷
自由の国
ブルジョワたちにゃ虐げられたくない
おお神よ
ここはブルジョワの街
ブルジョワ・ブルーズで
このニュースを広めてやるのさ

さて、俺と女房は上の階にいたんだが
白人が「ニガはお断り」と言ってるのを耳にした
おお神よ
ここはブルジョワの街
ブルジョワ・ブルーズで
このニュースを広めてやるのさ

ワシントンの白人どもが
俺たち有色人種を「ニガ」と呼んで
へいこらさせようとする
おお神よ
こりゃブルジョワの街だ
ブルジョワ・ブルーズで
このニュースを広めてやるのさ

すべての有色人種たちよ
耳かっぽじって聞け
ワシントンDCで家を探すのはやめときな
なんてったってここはブルジョワの街
ブルジョワ・ブルーズで
このニュースを広めてやるのさ

（水本訳）

今回の『スペクテイター』で、いわゆるポリティカル・コレクトネスの端緒になったのが、マーク・トウェインの書いた国民的な小説『ハックルベリー・フィンの冒険』で”ニガ”という言葉が200回以上も使われていたこと……というエピソードが紹介されています。

先ほどの「ブルジョワ・ブルーズ」の歌詞にも”ニガ”は登場し、それを歌っているのは白人であるライ・クーダーです。これは政治的に公正な芸術表現と言えるでしょうか？ それともミンストレル・ショウと同じような、唾棄すべき旧時代のエンターテイメントなのでしょうか？

この号を読みながら、そのあたりをじっくり考えてみたいと思います。

こちらはライ・クーダーのデビュー盤（1970年）。プロデュースはヴァン・ダイク・パークスとレニー・ワロンカー。ベースにマザーズ・オブ・インベンションやリトル・フィートで活躍したロイ・エストラーダ、ドラムに同じくリトル・フィートのリッチー・ヘイワードなども参加しています。

ライは16歳からプロのギタリストとして活躍していた、いわゆる早熟の天才です。このアルバムのリリース当時、まだ23歳でした。1曲目に入っているのは「High Heel Sneakers」で有名な黒人R&Bシンガー、トミー・タッカー「Alimony」のカヴァー。Alimonyがどういう言葉か調べずに何十年も聴いていたのですが《養育費》っていう意味でした。

養育費（Alimony）

こっち見て あっち見て
俺とそっくりかどうか教えてくれよ
ダチはみんな裁判で
証言してやるから心配すんな、と言ってくれた
でも、誰かが俺をハメようとしてるんじゃないかと睨んでる
養育費 養育費
養育費が俺をぶっ殺そうとする

6人も子供は要らないんだってば
俺に似ているのは2人だけ
裁判長閣下、どうかお慈悲を
養育費が俺をぶっ殺そうとしてるんだ
裁判長閣下、どうかお慈悲を
これ以上一銭も払えないんですよ
なんせ1953年以来
懐に金が入っていたためしがないんだから
どうにか減額してもらえません？
養育費が俺の首を絞める
養育費 養育費
養育費が俺を殺そうとしてる
養育費 養育費
養育費が俺を殺そうとしてる

（水本訳）

二十代前半で華々しくデビューするにあたって、この曲を選ぶセンス。そして自分の表現にしている実力。すごすぎる。