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交渉における「ストロングスタイル」の効用

交渉を価値の分配ゲームであると捉えると、以下の2つの側面があります。

  1. 価値の総体を交渉当事者間が分け合う(Value Claiming)

  2. 価値の総体を交渉当事者が協力して大きくする(Value Creating)

単一の項目のみを対象とする交渉、たとえば商品の価格のみを争点とする場合、原理的にゼロサムゲームとなるため、上記1が強調されます。こうした交渉をDistributive Bargaining(配分的交渉)と呼びます。

それに対し、複数の項目をめぐる交渉では、全体の価値を増やすことにより、双方が「損」をしないことが可能になります。一方が重視する項目が他方にとって価値が低いということが起こり得るからです。いわゆる「Win-Winの状況」の源泉はここにあります。これをIntegrative Negotiation(統合的交渉)と呼びます。

配分的交渉と統合的交渉では交渉のスタイルが変わってきます

配分的交渉においては相手に否定的な感情を示すことで有利な結果を得る場合があります。否定的感情には2種類あり、相手に嫌悪感を示す方法(例:静かに「そんなことを主張して恥ずかしいと思わないんですか?」という)と怒りを示す方法(例:机を叩いて「こんなことがまかり通ると思っているのか!」と怒鳴る)があります。嫌悪感を示す方法を「フリンチ」といい、配分的交渉で相手から提示された最初の案に「フリンチ」で対応すると、やり方によって有利な結果を得られることがわかっています(Fassina, N. E., & Whyte, G. R. (2014). “I am disgusted by your proposal”: The effects of a strategic flinch in negotiations. Group Decision and Negotiation, 23(4), 901–920. https://doi.org/10.1007/s10726-013-9360-8)。

他方、統合的交渉ではお互いが選好を開示した上で、相手が強く選好する項目(自身の名誉、会社の成長、金銭的報酬など)については譲歩することで、双方が満足を得ることができます。一歩進めて、選好に違いがあるようなアイデアを出し合うことで全体のパイを大きくすることが可能です。

買収交渉をしていると、「ストロングスタイル」を標榜する方が交渉相手になることがあります。コワモテ系で、嫌悪感や怒りで相手にプレッシャーを与えて良い条件を勝ち取ってきたのだと思います。嫌悪感をうまく相手に示すことで、決まった大きさのパイから多くを得ることができることがあるため、それが目的ならば成功してきたといえるかもしれません。

ただ、会社の売買においては、買収価格以外にも、取引後の経営陣の処遇や係争案件の取り扱いなど幅広い項目が協議されるため、交渉の性質は非常に統合的になり、協力すればパイの大きさを広げることが可能になります。ここでストロングスタイルを貫くと、勝ち取れる項目の数は増やせるかもしれませんが、機会損失も大きくなるおそれがあります。

配分的交渉と統合的交渉の違いを理解するだけでも、交渉の風景は随分と変わるのではないかと思います。

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