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落ちるなら落ちろと僕は唱えた

夜遅い電車。
左隣に若い女性が座っていて、スマホで何か見ていた。僕も自分のスマホを見て、いろいろせわしなくどうでもいいことをチェックしていた。
しばらくして、左腕に軽い衝撃があった。隣の女性が居眠りして上体が揺れていたのだ。
ちらっと彼女を見たら、両手が膝に置いたバッグの上に落ちていて、両手はスマホを持っていなかった!
スマホは手から離れて、バッグの端でとどまっていたのだ。
でも上体の揺れの影響でスマホは移動するだろう。落ちたらイヤだなと僕はハラハラした。
肩を叩いて「落ちそうですよ」と声をかけようか。いやいやそれは誤解を与えそうだ。
いっそ落ちてしまえば、僕が拾って上げて「落ちましたよ」と手にポンと載せればいい。それで目を覚まして、お礼ぐらい言ってくれるかもしれない。
僕はジリジリして、せっかくの帰宅リラックスタイムが消費されてしまうことにイライラした。
彼女は一度、ハッと目を開けたが、スマホに目を落とさずまたすぐ目をつぶってしまった。
スマホはますますバッグの端に滑り、もう落ちる寸前に見える。よし、落ちるなら落ちろ、と僕は心の中で唱えた。
次の駅に着く直前に彼女はスマホを持たずに急に立ち上がった。
あれ? スマホは落ちなかった。
ストラップがついていて、首にかかっていたのだった。
心配して損した。
勝手に損してるだけか。


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