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②9年間の積極的接種勧奨の差し控え、日本が払うその代償は。生死を分ける22歳と23歳。

 2022年4月からようやく厚生労働省は「積極的接種勧奨の再開」と同時に、これまで接種機会を失った女の子たちのために、3年間の期限付きで定期接種の年齢を超えた人たちにもキャッチアップ接種の公費負担を決定しました。
 ①でご紹介した通り、2013年に問題になった副作用と子宮頸がんワクチンに因果関係がないという事実は2015年には名古屋スタディで証明されていました。少なくとも論文として発表された2018年には誰でも知ることができたはずなのです。しかしその後もずっと厚生労働省は積極的接種勧奨の差し控えを継続しました。そのことが、日本の未来にとって恐ろしい結果を招くことになってしまうのです。
 実はすでに接種機会を失った女性の中から、今後子宮頸がんで亡くなる人が何千人も出るという恐ろしい研究結果が2020年に大阪大学から発表され、Natureという雑誌に掲載されました。1999年以前に生まれた人たち(つまり現在23歳以上の人たち)は2013年までに13歳になっているので、ワクチン接種率は概ね70%でした。積極的接種勧奨の差し控えが決定された2013年以降に13歳になった女の子たち(2000年以降生まれ、つまり現在22歳以下の女性)からは接種率が一気に低下し、2000年生まれで14.3%、2001年生まれで1.6%、2002年以降生まれの学年では1%以下です。大阪大学の研究では、もし積極的接種勧奨の差し控えがなされずに、そのまま70%の接種率を保っていた場合に比べて、子宮頸がんで死亡する人がそれぞれの学年で何人増えるかを具体的に計算しています。つまり積極的接種勧奨の差し控えをしなければ、HPVワクチンにより救えたはずの命が何人になるのか生まれ年ごとに計算しているのです。その結果は2000年生まれでは904人、2001年生まれでは1130人、2002年生まれでは1150人と概ね1学年1100人ずつが子宮頸がんで亡くなっていく未来が描かれています。

シドニーのグループもほぼ同時に同様の結果をLancetに発表しています。
この報告では、1994年から2007年生まれの女性は、積極的接種勧奨の差し控えがなかった場合に比べて、子宮頸がんで死亡する人が5000人から5700人増加してしまうと計算されています。これはまさにワクチン接種により救えたはずの命です。しかし、もし2020年から急速にワクチン接種率が70%に回復し、停止世代に対して速やかなキャッチアップ接種が行われたとしたら、この中の3000人から3400人は救えるとも計算されています。現実には2022年現在HPVワクチン接種率は、多少増えてきているとはいっても10%を超えている市町村はありません。このままでは、ワクチンにより救えたはずの5000人以上の女性の命が、子宮頸がんで失われていくというシナリオを突き進みます。

早期発見により命は助かるものの、子宮を失いこどもを授かれなくなる女性は子宮頸がんで亡くなる人の何倍もいます。がんには至らなくても、前癌病変である「異形成」の状態となり、長期の通院をしたり子宮の一部を切り取る手術をしなければならない人はさらに何十倍もいます。子宮の一部を切り取る手術(円錐切除)を受けることで、妊娠しにくくなる場合もあります。妊娠した場合も早産率は18%(普通の人の5倍)になります。世界中で日本でのみ行われた「積極的接種勧奨の差し控え」。確かに2013年当初ははっきりした原因究明ができなかったので仕方がなかったのかもしれません。しかし今振り返ってみると、女性の命だけではなく、子宮を奪い未来の命も奪う、恐ろしい政策になってしまいました。以前この政策を日本人に対する民族浄化だと言っている人がいて、「まさかそんな極端な…」と思いましたが、科学的な根拠を持った数字を示されると、あながち違うとも言えないなと考えてしまいます。
 HPVワクチンの有効性と安全性は何年も前から証明されていたのに厚生労働省は積極的接種勧奨の差し控えを2022年まで変えなかった。この9年間の間にHPVに感染し、子宮頸がんや異形成になった女性たちがこの事実を知ったらどうなるでしょうか。将来的にはこうした女性たちの中から厚生労働省を訴える訴訟が起きるのかもしれません。しかし定期接種であることはずっと変わりなかったので、自分で事実を調べて接種を希望すれば公費で接種することもできたはずだと言われてしまえばそれまでです。厚生労働省が発行している子宮頸がんワクチンに関するパンフレットは2022年に入って改訂されましたが、改訂される前から確かに「これらの副作用とワクチン接種との間に因果関係があるという証明はされていません」と小さい文字で書かれていました。これはきっと訴訟対策なんだろうなと密かに私は思っていました。
 そして厚生労働省だけが悪いのかというのも少し違う気がします。「薬害」というセンセーショナルな報道で視聴率を稼いだのはテレビ局や新聞社です。ワクチンの効果は「予防」なので目には見えません。一方「副作用」はどれだけ稀に起こることだったとしても注目を集めてしまいます。注目を集めやすく大衆ウケしやすいものばかりが大々的に記事にされただけのことです。数字を科学的に分析し、情報を客観的に評価する。その冷静さが私たち視聴者にも欠けていたのではないでしょうか。
 2013年に起きた「子宮頸がんワクチンの悲劇」。これは日本の歴史に深く刻まれることでしょう。すでに助けられない何千人もの女性の命、何万人分もの子宮。この犠牲から私たちは何を学ぶべきでしょうか。

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