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2.ムスリムたちの酒宴(第9章.旅先で考えた食することの楽しみ③)

 ムスリム(イスラム教徒)にとって飲酒は基本的にご法度である。「基本的に」ということは、要するに抜け道があるということだ。

 イスラム教が国教のチュニジア。この国にはイスラム教国なのにセルティアという国産のビールがある。まあ、イスラム教国と言ってもチュニジアを含むマグレブと呼ばれる北アフリカ諸国では中近東に比べて戒律はかなり緩い。レストランではアルコールを置いている店は多い(もちろん、アルコールを置いていない店もある)。しかし、レストランでは置いていても、スーパーなどで気軽に買える環境ではないみたいだ。

 チュニジアの首都チュニス。私はセルティア・ビールを買おうと街の中心部にあるモノプリというスーパーに入った。このスーパーにビールが売られているとガイドブックに書いてあったからだ。しかし、いくら探してもビールは見当たらない。おかしいな…このスーパーで確かに売っていると書いてあったのに…そう思った時、ちょうど若い男性店員が通りかかったので彼に聞いてみた。「ビールはありますか?」と。すると彼は「一旦、スーパーを出た所にビールの特設コーナーがあり、そこで売っています」と小声で教えてくれた。教えてもらった通りスーパーを出ると、確かに人目をはばかるようにビール特設コーナーが建物の隅にあった。

 私はビール特設コーナーの小さな建物の小窓から中にいる販売員の男性に向かって「四つ」と言った。すると彼は缶ビール4本とレジ袋を渡してくれた。「レジ袋なんかいらないのにな」と思いながら、支払いを済ませ立ち去ろうとすると、私の後ろに並んでいたある男性が私に向かって「缶ビールを早くレジ袋に仕舞うように」と促した。なるほど…これで合点がいった。販売員がレジ袋を渡した理由が。

 要するに、ムスリムにとって飲酒は「基本的に」ご法度である。だから飲む時、買う時は「こっそりと」という訳だ。缶ビールを白昼堂々と人前でさらすのはハシタナイということなのである。だったら初めから飲まなきゃいいのに…と思うかもしれないが、それは人間だから仕方がない。誰だって酒くらい飲みたくなる時がある。

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チュニス(チュニジア)のスーク(市場)

 チュニジアでは酒にまつわるこんな体験もした。私が泊まったホテルには最上階に小さなバーがあった。せっかくなので行ってみることにした。このバー、恐らく初めはこのホテルに滞在している外国人観光客向けに設置されたものかもしれない。しかし、それがいつの間に地元の人達が「こっそりと」飲むバーへと変わっていったのではないかと思われる。この時も地元の若者と思われる常連客らしき人達がカウンターを埋め尽くしていた。

 ムスリムたちが酒を飲む時、なるべく目立たない場所でこっそり飲む。このバーも恐らく「あそこに行けば酒が飲めるぞ」と口コミで広がったに違いない。そして愛想のいいバーテンダーが客の心をしっかり掴み、常連客が増えていったのだろう。

 アラーの教えは規則ではない。自分自身が決める戒律である。今夜もどこかでムスリムたちが「アラーが許してくれた」と、こっそりと酒宴を繰り広げていることだろう。

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チュニス(チュニジア)の街角


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