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1.ウサギ料理(第8章.旅先で考えた食することの楽しみ②)

 南フランス。コート・ダジュール地方の街マントン。メインストリートのサン・ミッシェル通りから少し入った通りに田舎料理のレストランがあった。夕食時、私は店に入ると、窓際の席に案内された。メニューを見ると、何と「Lapin(ウサギ)」があった。私はそれまでウサギを食べたことがなかったので、興味本位で頼んでみた。

 出てきた物はウサギのソテー。何かのソースが掛かっている。恐る恐る食べてみると、これが柔らかくて美味しいのである!どうして日本ではウサギ料理が一般的でないのだろう…どうして私は今まで食べてこなかったのだろう…惜しいことをした、とまで思ったのだ。

 それから17年後、私はマルタ共和国に行った。実はこのマルタでもウサギ料理は名物なのである。もちろん、私も頂いた。出てきた料理は、ウサギのソテーにややスパイシーなソースが掛かっていた。イタリアとアフリカ大陸の中間地点に浮かぶ島マルタ。恐らくスパイシーなソースは北アフリカの影響ではないかと思われる。

 そして肉。こちらはフランスで食べたものよりずっと硬い。少しパサパサしているというか、筋張っているというか…。このフランスとの違いは何だろう。もちろん、調理方法も違うのかもしれないが、私が思うに恐らくマルタで食べたウサギは足の部分、そしてフランスで食べたウサギは胴体の部分ではないか、と推測する。何と言ってもウサギはあれだけ跳躍力があるのだ。足は筋肉だらけで肉も硬い、と推測してもおかしくないだろう。

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 ウサギ料理はヨーロッパでは一般的であるが、日本ではあまり馴染みがない。しかし以前は日本でも狩猟が今より行われていた頃は、ウサギ料理は一般的だったという。そんな日本でも最近再び、ジビエ料理の一つとしてウサギが注目されているらしい。

 ジビエとは、家畜の肉ではなく野生の肉を狩猟によって得て、それを命の大切さを感じながら食する…そうそう文化である。以前はそういう生活が当たり前だったが、都市化に伴い次第に失われていったのである。その失われた文化を見直そうというのがジビエである。

 命の大切さを感じながら、それでも食べていかなければ生きていけない人間。そう思う時、やはり人間は「動物」なんだな、と意識させられる。一方、その国、その地域によって食べてはいけないもの、また食べにくいものもある。それは宗教的、文化的な制約であり、「食の禁忌」と言われるものである。そう思う時、やはり人間は「動物」であると同時に「文化的な生き物」であると意識させられる。さらに最近は「食の禁忌」というより、自らの主義主張から食に制限を課している人もいる。

 旅に出ると様々な文化、宗教に出会う。だから旅先でお腹を満たしているだけで、否応なくその地方の文化、宗教に直面することになるのだ。食はまさに人間の最も身近な営みであると同時に文化的、宗教的なものでもあるからだ。

 ちなみに私は海外に行っても、食する前に「いただきます」と唱えている。南フランスでもマルタでも、ウサギを食べる前に「いただきます」と唱えてウサギの命をいただいた。この時、私はやはり「文化的な生き物」なのだと痛感させられた。

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